45・帰宅


 学校から帰るとお母さんがキッチンに向かっていた。


「お帰りなさい」

 私の方を見ずに言う。

 私はお母さんの背後に立った。



「お母さん」

「なに? 晩御飯ならもうちょっとで出来るわよ」

「お母さん、今日、買い物行かなかった?」

「行ったわよ」

 お母さんは当たり前のように言う。



 私は無理矢理微笑んだ。

 涙を堪え、微笑んだ。




「お母さん、あのね、お母さん、今日、スーパーの前で――」

 車に跳ねられたんでしょう?


 近所の人が学校に連絡くれた。

 私、正直信じられなくて、病院じゃなくて真っ直ぐに家に向かったんだ。

 だって、お母さんが死ぬなんて…そんな、信じられない。


 信じたくないよ。




 お母さんは私を見た。

 私は全部を言えず、口を閉ざす。




 お母さんは微笑。



「ダメよ」

「…だめ?」

「言っちゃダメ」

「……うん」


 私は訳が分からぬまま頷いた。








 そしてお母さんはそれからもずっと、家に居る。

 お母さんがスーパーの前で車に跳ねられたなんてうそだったように、毎日が過ぎていく。


 

 時たまそれを人に尋ねたくなるけれど、尋ねてしまえばきっとすべてが「ダメ」になってしまうのだろう。

 何となくそう思って、私はいまだ、沈黙を守っている。

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