47・鏡の中の女



 その女は鏡台に向かい、座っています。

 そして、私に背を向けて、長い、長い黒髪を梳いているのです。



 私は女の後姿をじっと見ています。



 女は私が居るのに気付いているのでしょう。


 ですが、決して振り向きません。

 長い長い黒髪を、梳いているだけです。




 私の居る位置から、女の顔は見えません。


 だけど。






 鏡の中の女と、私は目が合うのです。









 女はただ黒髪を梳くだけ。

 後姿は私の存在などまったく気に掛けていないように思えます。

 だけど。




 鏡の中の女は、私をじっと見ています。




 真っ直ぐに、私を睨み付けています。





 憎悪。憤怒。嫌悪。恐怖。



 何でもいいのです。

 負の感情。

 私に対する、その視線だけで、私を殺しかねない、そういう、視線。










 私は立ち上がります。





 女を、呼びます。









「お母さん」







「――なぁに?」




 振り返った女――いえ、母は、とても優しい笑み。

 鏡に映った姿など、嘘の様な優しい笑み。






 私は何も言えず、母はまた鏡台に向かいます。







 そして。



 私は、鏡越しの視線を、受け止めるのです。

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