14・人殺しでも愛してる


 少女は、僕の肩に寄り掛かり、瞳を閉じている。安らかな寝息。僕を信じ、安心しきっているだろう表情。


 この路地に入り込み、どこかの店の裏口だろう階段。そこに並んで座ると、彼女は僕に笑顔を見せた。

 少し眠るね、と甘えたような声。

 僕が頷くより先に彼女は僕の肩に寄りかかった。



 とても、とても綺麗な少女の顔。

 僕はその綺麗な顔にただ見蕩れる。

 僕の大好きな少女。






 僕は、彼女が人殺しでも構わない。









 僕と彼女の最初の出会いはこうだ。

 コンビニに行こうと家を出て、近道しようと角を曲がった途端、倒れた血塗れの男と、その男を見下ろすナイフを持った少女を見た。

 少女はちらりと僕を見て、そして、まだ呻き声を上げる男に、手のナイフを叩き込んだ。

 刃が肉を貫く音。おお、と吼えるような断末魔の声。



 そんなものはどうでもいい。

 僕はその時、心から思った。

 




 一目だった。



 一目惚れだったのだ。




 僕は、返り血を浴び、それでも微笑む少女に、一目で恋に落ちた。










 僕の後ろで悲鳴が上がった。

 振り返れば、悲鳴を上げ続ける若い女。その女の連れらしい男が、警察、なんて言って走り出した。

 少女の方を見る。

 彼女は少しだけ面倒そうな表情を浮かべ、つい、と身を翻した。

 走り出す。



「待って!」


 僕は呼び止めた。

 振り返った彼女に駆け寄り、彼女の血塗れの手を握り締める。



「こっち。

 そっち行くと行き止まりだから」

「……」



 少女は僕をじっと見る。

 僕の瞳の中の何かを確認するように。


 やがて、彼女は口元に笑みを浮かべ、こくん、と小さく頷いた。









 それが僕と彼女の最初。

 それから、僕は彼女とずっと一緒に居る。



 彼女は殺意の固まりだ。呼吸するよりも当たり前に人を殺す。

 人を殺してはいけません、の代わりに、人を沢山殺しましょう、と教えられたかのように。

 

 それでも、彼女は僕を殺さない。


 どうして、と問うた事がある。

 彼女は笑って言った。




 最初だったの。


 私のね、血だらけの手を握って、一緒に走ってくれた人。





 だからね、と。




 貴方は、トクベツなの。









 その言葉だけで、僕は単純に嬉しくなる。

 彼女と、ずっとずっと一緒に居たくなる。










 人殺しでも構わない。




 僕はまだ人を殺してはいない。

 だけど、彼女と共に居るのなら、いつか、僕も人を殺すだろう。

 彼女と共に在る為に。







 人殺しでも構わない。



 人殺しでも愛してる。






 寄り掛かる彼女の身体に寄り添うようにぴったりと身体を近付け、僕はそっと微笑んだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る