58・会話


「――頭痛ェ」


 ホーム。

 電車を待つ間、そんな会話がふと耳に飛び込んだ。


 ちらりと見れば若い男が二人、会話している。

 一人が頭を抱えていた。彼が先ほどの言葉を口にしたのだろう。



「どうしたんだよ?」

「いや、もう昨日から頭痛くてさ」

「そんなにひどいの?」

「もう割れそう」


 ふぅん、と、頷いた男が、あっさり言った。




「じゃあ、頭、消しちゃえば?」




 丁度ホームに近付いてくる電車を示して。




「あ、そうか」


 頭を抱えていた男は、その言葉に笑みを浮かべ、線路に近付いた。








 軽い動きで。

 頭が痛いと言っていた男は、電車に飛び込んだ。






 ブレーキ。物凄い悲鳴。幾重にも重なるその音の狭間。



 飛び込んだ男の知り合いが、すぃっと線路を覗き込んだ。




「あ、頭以外も消えちゃってるなぁ」



 それから呆然と見ている私に気付いたように、彼は小さく笑って見せた。

 自分の失敗を見られたように、照れ臭そうに。

 いまだ悲鳴が続く風景の中で、笑って見せた。


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