54・家


 その家の扉は毎日のように開かれる。

 家から出て行くのは、中年の男。たまに大きな荷物を背負っている事もあるが、いつも一人だ。


 そして、家に戻ってくる時は2パターンある。



 ひとつは男が一人。買い物にでも行って戻ってくるらしい。

 もうひとつは、男は幼い少女の手を引いている。




 繰り返そう。


 男は一人で出て行く。たまに大きな荷物を背負っている事もあるが、いつも一人だ。



 少女が出て行く姿を、私は見ていない。








 その家の隣の二階から、私はいつも家の中に入っていく男と少女を見つめる。

 家の中でどんなことが繰り広げられるのか。

 想像し、そして、私は首を左右に振った。



 想像して気持ちの良いものではない。





 だけど私は二階の窓から見詰める。

 男が手を引き、幼い少女をその家に連れ込む姿を。









 ある日、男がくぃっと顔を上げ、私を見た。


 二階と地上。距離がある。

 しかし私は男の口が綴った言葉を読み取った。

 男が、笑みと共に言った言葉を、読み取ったのだ。







 ドウデス、ゴイッショニ?






 私は慌てて窓から離れた。





 それから、私は窓にカーテンを引き、外を見ないようにしている。





 もう一度男に誘われたのなら、私はきっと、頷いてしまうだろう。

 あの家に、入り込んでしまうだろう。



 カーテンで窓を閉ざし、それでも未練たらしくそちらに視線を送りながら、私は、あの家を見る事が出来ずにいる。

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