「  」(空白) 第二期

やんばるくいな日向

1・シリアル act.1


 ママ。

 もう一度、俺を貴女の中に返して。


 呟き、男――ナイブズはゆっくりと空を見上げた。

 地面にだらしなく座り込み、空を。


 彼が座る地面には、ゆっくりとした紅い流れがある。

 紅い流れ。紅い液体。

 とくとくと、鼓動と共に。

 


 ナイブズは右手の力をゆっくりと抜いていく。握り締めていたナイフが、彼の手から逃れ、紅い流れに落ちた。


 紅い流れの始点。

 腹を裂かれ、それだけで死に到った、若い女の屍体。

 ナイブズはつい先程まで、女の腹腔にもぐりこもうとするように、その手を腹の中に差し入れ、掻き混ぜていた。

 女は自分の腹の中が弄られる感触に奇妙な悲鳴を上げ――絶命した。


 ナイブズはそこでようやく興味を失い、こうやって地面に座り込み、空を見上げているのだ。





 ママ。


 ナイブズは血が伝う頬で笑みを浮かべる。


 もう一度、貴女の中で抱き締めて。



 しばし見上げる何も無い空。ビルの谷間の細い空間。

 月は勿論星も無い空を見上げ。

 やがて、彼は立ち上がる。

 返り血さえも気にせずに、歩き出した。

 




 黒っぽい衣類を纏った彼の返り血など、たとえ通りに出ても誰も気付かない。

 真夜中だと言うのに溢れんばかりの人波に、ナイヴズは迷い込む。

 ふと上げた顔。月に似せたネオンサインに気付く。

 月は母性。

 でも。


 ママ。


 小さな声で微笑んだ。



 と。




 背後から衝撃。

 人がぶつかったのだ、と理解したのは、「ごめんなさい」と謝罪しながら、女が彼の横に出てきた時。

 腕に袋を持った女。長い黒髪の…綺麗な女だ。

 彼女はナイヴズに笑い掛け、手の袋を彼の腕に押し付ける。

「御免なさい」

 お詫びにコレをあげる、と。

 そう言って笑い、彼女は走り去った。

 

 ナイヴズは袋の中を覗き込む。

「………」

 手を突っ込み、ごそごそと取り出した。

 その他、食料品に混じって、棒アイス。彼の大好きなストロベリー味の。

 無言のまま袋を破り、口に咥えた。

 美味い。

「――オイ」

 真後ろからの声。アイスを咥えたまま振り返る。

 見知らぬ男たち。

 黒いスーツを着た、荒事に慣れてそうな男たちは、ナイブズを見下ろす。

「さっきの女から、何を預かった?」

 ナイブズは男たちを黙って見上げた。平均的な身長であるナイブズが見上げる男たち。

 でも、特に怖くない。

 殆ど抱えられるように、人目の少ない路地に連れ込まれても、それは同じだった。




 ストロベリーアイスを口に咥えたまま。

 ナイブズは、自分の襟首を掴み上げた男の喉を右手のナイフで断ち切った。

 紅い血を浴びて、彼は小さく鼻で笑った。暖かい、紅い雨。キモチイイ。

 血に塗れたストロベリーアイスを左手に、右手にナイフを握ったまま、息絶えた男から身体を離す。

 紅い液体と、アイスを、一緒に舐め取った。

 その様子を、戦い慣れした様子の男たちが、バケモノでも見たような顔で、見ている。


 バケモノ?

 確かによく言われる。



 ナイブズは笑い、もう一度、ストロベリーアイスを口に咥えた。







 戦いは短かった。




 全ての男たちが地面に転がるまで、さほど時間を必要としなかった。

 ストロベリーアイス一本分。

 地面に転がしておいた袋を見ると、幸い、アイスはもう無いようだ。少し血に塗れてしまったが、中の食料品は無事。

 持って帰ろうか、と考える。甘いものは大好きだ。

 袋を持ち上げた途端。

 真上から女の声。

 見上げると、ビルの二階。窓に腰掛けた先ほどの女が、ナイブズを見下ろしている。

 黒髪の綺麗な女。

 内臓の色まで白いんじゃないかと思わせる、色の白い、綺麗な。




「有り難う、助けてくれて」

「助ける?」

「その男たちに追われていたの。助けてくれた、でしょう?」

 結果的にそういう事になっただけだ。

 そう言おうと思ったが、アイスの礼だ、とナイブズは思う。



 その代わり、疑問を口にした。


「何で追われていたんだ?」

 女は笑った。笑い、隠れていた右手を大きく振るった。

 何からナイブズの前に落下してくる。



 若い少女の生首だった。

 口を黒い糸で乱雑に縫われた、少女の。



「うそつきへのお仕置き」

 糸に関してのコメント。

 少女の正体に関しては、何も言わない。

「……」

 自分が殺したスーツたちを見る。

 そして、恐怖で目を見開いたまま死んでいる少女の屍体を、見た。

 育ちが良さそうな少女。

 良家のお嬢様、と言う所か。



 なら。




 女を見る。



 誘拐? 殺人?







 でも。


 ナイブズを見下ろし、笑う顔は、綺麗だった。







「ねぇ」

 女が紅い唇をゆがめて笑う。「名前は?」






「ナイブズ」






 ママ。











「私はビアンカ」



 仲良くしてね、ナイブズ。






 それが、二人の殺人鬼の出会いだった。

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