12・真夜中の電話


「――御免、起こしちゃった?」

『いや。

 どうしたんだ? こんな時間に』

「特に用なんて無いんだけど…」

『用が無い? 用も無いのに真夜中に電話掛けてくるか?』

「…君と話がしたかった、じゃ駄目なのかな」

『…それでも、いいけどね』


 苦笑。



「そう言えば、この前買った本、どうだった?」

『ああ、あの推理小説?

 何だか読んだようなトリックで大した面白く無かった』

「そっか。俺もあの本買おうかなと思っていたのに」

『じゃあ勧める。

 君もあの本を読んで、二時間ばかりの思考の迷宮にはまり込むのはどうだ?』

「面白く無かった、んだろう?」

『トリックはね。

 登場人物の思考は面白い。犯罪心理学者にでもなった気分になれる』

「そっか、じゃあ読もうかな」

『貸すよ』

「有り難う」



 微笑。



『――で』




 微笑、の、声。






『そんな泣きそうな声で、君は俺に本の感想を求める為だけに電話したのかい?』












 沈黙。












「…で」

『ん?』

「不安で、しょうがないんだ。

 この世の誰もが、俺の事なんて必要としてない。

 必要としてないどころか、俺の事を排除しようとしている。

 大好きで仕方ない人が、俺の事を嫌おうと思っているなんて、そんな、恐ろしい事ばかり考える。

 どうしていいか分からない。

 相手の正面に立って、俺の事が嫌いなのか、って問い詰めたくなる。

 人の感情なんて、イエス オア ノーで定まらないって分かっているのに、ふたつにひとつの回答しか欲しくない」

『――正直に言うと』



 穏やかに、言葉。



『もし君が今此処で居なくなっても、俺は別に困らないだろうな。

 明日普通どおりに目覚めるだろうし、普通どおりに生活するだろう』




 でも、と、穏やかな、声。




『真夜中にこういう馬鹿な電話をしてくるような常識知らずには、二度と会えないだろうな、とは、思う』

「………御免」

『謝られても』



 苦笑。




『誰だって疎外感は味わうさ。使い古された言葉だけど、人間、生まれた時も一人で、死んでいく時も一人だ。

 基本的に誰だった異邦人なんだから。自分の世界には自分しか入れない』

「…知り合いなんて、大好きな人なんて、作らなければいいんだろうか。

 愛されたいなんて望まなければいいんだろうか」

『他人を必要とするのは人間として必然だ。人間は群れる生き物だもの。

 愛されたいと望むのも必然だ。そんな風に、出来ている。

 だけど、自分の世界には自分ひとりきりだ。

 誰かと触れ合いたければ、他人の世界に入り込まねば』

「…怖いよ」

『怖い? ああ、そうだろう。異邦人は皆戸惑う。自分の世界以外に戸惑うものさ』

「どうしたら、いいんだろう」

『自分は異邦人だと開き直るか、それとも他人の世界を受け入れるか、もしくは自分のみが幸福になれる世界を己が中に作り出して閉じこもるか。

 さぁ、どれがいい?』

「どうやっても、孤独なんだな」

『そういうものさ』





「救いは無い?」

『君が望む救いなら、無いかもね。

 誰かが手を差し伸べて救ってくれるような状況は、世界の何処にもありえない』

「己自身を救うのは、己自身?」

『そうとも言う。だが、そうでもない』

「なら、何だと?」

『君が望む救いなら無い。そう言ったろ』

「――最悪な返答だ」




『人間は他人なんて必要としてないのが基本だ。

 群れる生き物、と言うのは、自分を群れのひとつに見せ、自分の存在の安全を守る為だ。

 他人と行動するのは、すべて、自分の有利になるためだ』

「そこに、愛や友情と言うものは存在しない?」

『脳内の幻想、妄想としてなら、あるかもね』

「……本当に、最悪だ」







「君に電話したのが間違いだったよ」

『悪いね。

 徹底的に君を落ち込ませたようだ』

「それが目的だろう?」

『一度鬱状態になった君は、とことんまで落とした方がいい。

 そっちの方が復活は早い』

「酷いやつだ」




 笑い声。







『では、おやすみ。

 俺を罵倒でもしながら寝るんだね』

「ああそうする。

 悪夢でもみろよ、クソッタレ」

『そうするよ』





 では、と電話が切れた。




 俺はもう一度、クソッタレ、と彼を罵り、そして、最後に小さく呟いた。





 有り難う、と。

 

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