39・鬼子
お隣の家で赤ちゃんが生まれた。
可愛い男の子。
長男の祐司くんも可愛い子だけど、次男の男の子も凄く可愛い。
お隣さんご夫婦はとても幸せそうだ。
だけど、祐司くん。
少しだけ、複雑そうな表情を見せている。
幼稚園の年長さん。
弟に大切なお母さんを獲られてしまったようで、複雑な気持ちなのだろうか。
「祐司くん」
私は笑顔で、お隣の庭で遊ぶ祐司くんに声を掛けた。
彼は笑顔を見せて私に駆け寄ってくる。
「元気? 祐司くん?」
「うん!」
元気いっぱいの笑顔。
私はそんな笑顔を見ているだけで嬉しくなる。
「お姉さん、あのね」
祐司くんは笑顔を消し、声を潜め、言った。
「ぼくの弟、見た?」
「うん、見たよ。
可愛い子だったね」
「………」
祐司くんは沈黙。
「あのね、あのね。お姉さん、絶対、絶対に内緒にしてくれる?」
「……?」
「ぼくの弟、バケモノなんだよ」
バケモノ。
私は一瞬呆然とし、それから、つい、笑ってしまった。
祐司くんは顔をぐしゃり、と歪める。
泣き出す寸前の顔に、私は慌てて笑い声を消す。
「ごめん、ごめんね、祐司くん。
ほら、泣かないで。ね?」
祐司くんはすぐに泣き止んでくれた。
その祐司くんに向かって、私は出来るだけゆっくりとした声で言う。
「でもね、祐司くん、自分の弟をバケモノなんて言っちゃ駄目だよ?
可愛い弟でしょう?」
「だって…」
祐司くんは言う。
「拓斗ね」
弟の名前は拓斗くん。
でも、その名前を出す時、祐司くんは怯えの色をその顔に浮かべた。
「家に来てすぐにね、僕に言ったんだよ。
お前のお父さんもお母さんも、もう俺のものだ、って」
「…………言った?」
「お父さんもお母さんも居ない時に、にやり、って笑って。
ね、信じて、お姉さん。
うそじゃないよ。本当に言ったんだよ?」
生まれたばかりの赤ん坊が話すなんてありえない。
きっとその感情は私の顔にも出ていたのだろう。
祐司くんは哀しげに私を見た。
「――祐司?」
は、っと祐司くんは振り返った。
そこには拓斗くんを抱いた祐司くんのお母さん。
彼女は私に頭を下げると祐司くんに言った。
「祐司、家の中で玩具が出しっぱなしよ。
片付けなさい」
「ぼくじゃないよ」
「じゃあ誰が玩具を出しっぱなしにするの?
あの部屋には拓斗しか居なかったのよ」
「…拓斗だよ」
「拓斗はまだ赤ちゃんなの。玩具で遊べないのよ?」
「……………」
祐司くんはぐっとお母さんを見て、涙を堪えるような表情で家の中に走りこんだ。
「拓斗が生まれてから急に聞き分けのない子になっちゃって…。
もう少しお兄ちゃんとしての自覚があると思っていたのに」
「新しい家族が出来て戸惑っているんですよ。
祐司くんならすぐにイイお兄ちゃんになれますよ」
「そうなら嬉しいけど」
と、祐司くんのお母さんは笑顔を見せた。
その腕の中で、小さな拓斗くんがすやすや眠っている。
「それじゃあ…」
と彼女は一礼し、私に背を向けた。
その瞬間、私は確かに見た。
すやすやと気持ち良さそうに眠っていた拓斗くんがぱちりと目を開き、その口元を歪ませ、にやり、と笑うのを。
「…………」
呆然と見つめる私の前で、拓斗くんはまたもや無邪気な寝顔に戻った。
拓斗くんとお母さんは家の中に戻っていった。
私は誰も居ない無人の庭をただ見詰めている。
――ぼくの弟、バケモノなんだよ。
祐司くんの必死の言葉と、あの不気味を笑みを、私は、思い出していた。
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