61・銀の眼
……どなたかな?
どなたかそこにいらっしゃるかな?
申し訳ないが返事をして頂けぬか。この爺、つい先日、両目の視力を失ってな。まだ闇の世界に慣れておらぬ。
“銀の眼”?
ああ確かにこの爺、そういう名で呼ばれる一族のひとりよ。
お前さんの言葉通り、過去を悟り、未来を見、今をすべて知ると言う“銀の眼”の一族よ。
どうした? 土下座しておられるのか?
大の男が、土下座してまでこの老いぼれに何を頼まれる。
話してみなされ、さぁ、ほれ。
まずは顔を上げてな。
そのように頭を下げられては、この爺、話も聞けぬよ。
……ああ、その国は知っている。
つい先日、滅ぼされた国だな。随分と勇猛な姫君がおられたようだが……結局、一族皆殺しよ。
そこで軍師をされていたと?
よく生き延びられたな。
でその軍師殿が何用と?
あの国からは此処は遠く離れている。人里離れたこの場所にやってくるのは、ずいぶんと物好きな輩たちだけよ。
過去の伝説をいまだ真実と思う、愚者たちだけよ。
まさかお前さんもそうだと?
この“銀の眼”の力を借りたいと?
たった一人でどうなさる?
時の流れを全て知るのなら、戦いに勝利するのは簡単だろうと?
違う、違うぞ。
“銀の眼”はそんな優しいものではない。
時の流れは誰か一人に力を貸すものではない。ただ流れるだけよ。人はその流れに何の力も持たず、流されるだけよ。
“銀の眼”はその流れを見るだけよ。
それに、言ったであろう?
この爺、つい先日視力を失ったと。
お前さんと同じように、“銀の眼”の力を求める輩が来てな。
あくまでも言う事を聞かぬと押し通したら、両の眼を抉っていきおったわ。
今のわしは何の力も持たぬ、ただの爺よ。
悔しい気持ちは分かる。
復讐したい気持ちも分かる。
だが落ち着きなされ。
せっかく助かった生命。ならば死んだ者たちの分まで生きるのが人として正しい道よ。
復讐など誰も望んでおらん。
死者の為に復讐するのではないと?
己の為と?
そう仰られるのか。
奪われた生命を、生命を持って復讐するためなら、魔にも鬼にもなると。
そこまで仰られるなら仕方無い。
そこらに剣が転がっておるだろう?
それでお前さんの目を抉りなさい。
何片方だけでいい。片方だけで十分じゃろう。
空いた眼窩に、わしの目を片方くれてやる。
つい先日、抉り取られたわしの眼よ。
ただの目玉と思って捨て置かれたものだが、まだまだ役に立つ。
さぁお前さんに出来るかな? 己の眼を抉り出す事が出来るか?
――やれやれ。
本当に抉りおったか。
ならば仕方無い。動くなよ。
すぐに眼をくれてやる。
さぁ嵌まった。
眼を開くがいい。
見えるだろう? “銀の眼”の世界が。
見えるだろう?
己の歩む道が。
今この瞬間から、己が歩む道が。
お前さんはこれからわしを殺す。
簡単よ。もう片方の目を奪うためだ。
片方だけでこれだけの世界を見通すなら、両目ならばいかほどの世界を見渡せよう。
それから人里に下りる。
お前さんの名はすぐに世に知れ渡る。
そしてお前さんがよく知る王の元へ仕えるだろう。
お前さんはその王を裏切る。
その王が一番絶望し、一番不幸になるだろう瞬間に。
お前さんは王になる。
だがお前さんはそこまでよ。
そこでお前は殺される。
名も無き兵に切り殺される。
それが未来よ。
変えられぬ時の流れよ。
何処へ行く?
わしを殺さぬのか?
もう片方の“銀の眼”が欲しいのだろう?
運命に抗うか。
なら見えるだろう、新しい未来が。
お前さんは人里におり、領主に仕える。
領主はわしの名を知り、“銀の眼”を求める。
お前さんは反対するが、結局、わしを殺す為に此処へ戻ってくる。
変わらぬよ。
未来は多少変化するが、結論は一緒。同じ流れよ。
お前さんがわしを殺すという未来はまったく変わらん。
そしてお前さんが誰かに殺されるという未来は変わらんよ。
お前さんの、今は純粋とも言える復讐心に満たされた心が、ただの欲望に染まるのは誰も止められんよ。
わしには息子がおったが、何もかも正直に話した為に殺された。人の為に“銀の眼”の力を使おうとしてその末路。
孫が二人おるが、この子たちも結局、同じような運命を辿る。
わしにはそれが見えておるが、何も出来ぬ。
そういう流れなのだから。
剣を持たれたか。
幾つの未来をかいま見た? どの未来も同じ結論だったろう?
“銀の眼”の力はその程度なのだよ。
ただ見るだけ。
ただ覗くだけ。
それだけの力よ。
死者を生者には変えられぬ。
敗者を勝者には変えられぬ。
お分かりになられたか。
さぁまずはわしを殺しなされ。
それがお主の運命よ。
また此処に来るのも面倒じゃろう?
……泣いておるのか? それとも頬に流れるのは血か?
この爺には、もう、見えんよ。
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