50・牢獄


 


 傍に、居ようと思うのです。




 彼は罪人です。



 人を殺め、物を奪い。

 それを繰り返し、繰り返し、生きてきたのです。



 

 捕らえられた彼は、走るための脚を切り落とされました。

 暴言を吐く唇を縫われ、睨み付ける瞳を抉り取られました。

 そして、彼は、腕もを切り落とされそうになりました。



 私は必死に懇願しました。


 どうか、どうか。

 せめて、その腕だけでも。

 






 私は死刑執行人の娘。

 死刑執行人になるしかない家に生まれた娘です。

 誰にも愛されず、誰にも省みられず。

 罪人よりも蔑まれ、いえ、その存在自体が呪いだと言うように、誰も、私に視線を止めません。


 私は顔を仮面で隠し、肌を露出させぬように布を纏い、夜だけ…そっと街を彷徨いました。




 そんな時に彼に会ったのです。





 人を殺してきた帰りだったのでしょう。

 手に奪った財宝を持ち、彼は、血塗れの剣を私に突きつけました。




 だけど、彼はすぐさま剣を引っ込め、笑ったのです。


 死刑執行人は殺さねぇよ、と、笑ったのです。




 そして、剣を地面に突き刺すと、その右手を伸ばしてきました。

 私の仮面を…外したのです。



 からん、と、ひとつ、硬質な音。



 ふぅん、と、彼は面白そうに笑いました。





 美人だな、お前。

 それに、綺麗な目をしている。





 人に褒められたのは初めてでした。


 彼が私の頭を引き寄せ、口付けを求めてきた時も、私は避ける事も出来ず、彼の顔をただ見詰めていたのです。







 彼の両腕は残されました。

 だけど、その首には鎖が繋がれ、暗い暗い地下室に繋ぎとめられています。

 彼は処刑される事も無く、すべてを奪われ、地下に繋がれたのです。



 後は、死ぬのを待つだけです。








 私は、傍に居ようと思うのです。

 彼の耳も潰されています。

 私の声は聞こえないでしょう。

 彼の瞳は抉り取られています。

 私の姿は見えないでしょう。



 それでも抱き締めます。

 彼を両腕で抱き締めて、私は何度も口付けを送ります。

 愛してる。そう、何度も囁くのです。













 そっと。



 彼の両腕が、私の身体に廻されました。


 抱き締め、られたのです。









 私は、この時の為に生まれてきたのだと、心から、心から、思ったのです。

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