第22話 乱入、のち殴打

 破壊され、粉々になっている露店。

 その露店の人なのか、夫婦のような人たちが怯えて身を寄せるようにしている。


 それもそのはずだ。その夫婦を壁に追いやるようにして、一頭の馬が仁王立ち・・・・して息巻いているのだ。


「あれは――魔獣!?」

「メイリンどういうこと!? 街に魔獣がいるなんてことがあるの?」

「私が分かるわけないでしょ!」


 状況が掴めないのでメイリンに聞くと、怒られた。

 平和な街中に、知識のない僕が一目見ただけでそれと分かる魔獣がいる。そんな異常な光景にメイリンの表情を見ると、メイリン自身も混乱しているのだろう。額から汗を垂らし、狼狽した表情なのが分かる。


 見た目も異常だ。なり・・からそれが馬だと分かるけど、肩や腕、太腿は筋肉が膨れ上がり、それに何より二本の足・・・・で立っている。

 今更二足歩行の馬がいると言われても驚かない自信があるが、騒然としている周囲の様子をみると、この世界でもアレは異常な存在なんだろう。


「――身体強化スペック・レインフォース! そこの人達、伏せて!」


 僕と並走していたメイリンは魔獣の姿を見るなり強化の魔術を唱えた。

 恐らく魔獣に襲われそうな夫婦に声をかけたのだろう、叫び声を上げたメイリンはぶっ飛んでいくように前方へと疾駆しっくした。走っていた路面を強く蹴り、水平に、そして長く跳躍ちょうやくする。


 大砲のような勢いで飛びかかったメイリンの飛び蹴りを頭に受けた、馬面の魔獣。

 側頭部に衝撃を受けた馬面がふっ飛ばされ、別の露店へと突っ込んでいった。


 幸いにも騒ぎで周囲には人がいなかったようで、被害を受けたのはその露店だけのようだ。


「メイリン、大丈夫!?」

「大丈夫よ……でもまずいわね。アレ・・、かなり強いわ……」


 衝撃でなぎ倒され、露店の残骸や売り物の野菜なんかがメチャクチャになっている跡から、馬面の魔獣がすっくと立ち上がった。メイリンの飛び蹴りを食らったにも関わらず、何事もなかったかのような顔をしている。


「まずいわね、今日はタケルの訓練だったから武器も持ってないし――」

「メイリンさんっ!」

「下がってください、ここは俺たちが!」

「うわっ、何だあの魔獣!」


 渾身の蹴りをものともしない魔獣の姿に、メイリンが苦々しい表情で怨言えんげんを漏らしていると、後ろから衛兵のような姿をした人たちが駆けつけてくる。顔見知りなのだろう、丸腰のメイリンに下がれと叫んでいる。


 駆けつけた三人の衛兵が馬面を囲んだ。


「よかった……衛兵の人たちが来てくれたよ!」

「やっぱりまずいわね――」

「えっ?」


 駆けつけた衛兵に僕がほっと胸を撫でおろいていると、横にいたメイリンがぽつりと呟く。


「「「基礎能力向上ブースト!!」」」

「いっくぞおおおお!!」


 衛兵達は魔術のようなものを唱え、一人の号令をもって馬面へと斬りかかった。


「――ぐあああああっ!」


 三人同時に打ち掛かった衛兵たちだが、先頭の一人が馬面に殴り飛ばされる。

 他二人も、ひづめのような腕で剣を受け止められている。


「コイツ……なんて力だ!」

「うおおお、押し込めええええ――うわああっ!」


 剣を受け止められびくともしないような様子の衛兵たちは、馬面がわずらわしいと言うように両腕を振った勢いに、同時にふっ飛ばされた。攻防は一瞬で終わる。


「ちょ、衛兵さんたちやられちゃったけど……」

「だから、まずいって言ったじゃない。タケル、強化の魔術を使って」

「えっ、分かった……って僕も戦うの!?」


 それだけを言うと、メイリンは馬面にあしらわれた衛兵たちと入れ替わるようにして、馬面の方に駆けていった。恐らく、戦う気なんだろう。

 正直、二本足で立っていななく馬面の魔獣に恐怖しか覚えないが、女の子を一人戦わせるわけにもいかない。


「くそっ、やってやるよ!」


 覚悟を決め、僕も詠唱に入る。何度か使っている魔術だが、メイリンのように一瞬で詠唱などできるはずがなく、ゆっくりと呟く。


 ――地を固め守りし者、我らがいにしえの盟約に従い

 ――寛容なる汝の豊穣の力、この一刻ひととき我に与え給え


「――身体強化スペック・レインフォース! メイリン、今行くよっ!」

「ちょっ――馬鹿。タケル、何で突っ込んでっくるのよ!」

「えええっ!? 僕も一緒に戦えってことじゃなかったの!?」


 馬面が蹄で打ち掛かるのを回避しながら、敵を翻弄ほんろうするように動いているメイリンに追いつくようにして僕も正面から突っ込んでいくが、当のメイリンからは意外な言葉が返ってきた。

 僕が馬面に向かっていく姿に驚きながらも、メイリンが回避したところ、そこに入れ替わるように僕が入っていった。当然、僕の眼前には馬面の蹄が迫ってくる。


 ――あ、死んだ。コレ。


 スローモーションだった。迫るひづめの裏が視界に入り、避けようとするものの体がその認識速度に追いつくはずもない。ゆっくりと時間が進むような意識の中、馬面の蹄がゆっくりと僕の頬にめり込み、そして頬に蹄がしっかりと沈んだ瞬間――時間の進みが元に戻る。


「ぶっ――――――えええええぇぇぇっ!!」

「タケルっっ!」


 カウンターのような打撃を受けた僕の体は回転を加えて宙に舞い、近くの露店へと突っ込んでいった。


「いってええええええ――って生きてる……?」


 打撃を受けた顎にはしっかりと痛みがあり、頭がぐらんぐらんするが、その痛みが『僕がまだ生きている』ことを教えてくる。その僕の体から、さっき使った強化の魔術の感覚が発散していくのが分かった。


 強化の魔術で得られる防御力、それに助けられたのだろうか。


「タケルっ、下がって!」


 メイリンの声が届く。歪む視界の中、ぶん殴られて距離が空いたはずの馬面が、こちらに駆けてくるのが見えた。

 逃げないとマズい。そういった考えが頭に浮かぶが、体の感覚はすぐには戻ってこず、立ち上がれない。


 こんどこそ死んだか――


「うおおおおおおお!! 魔獣はどこだああああああああ!!」


 僕らの方に向けられた野太い叫び声が届き、迫ってくる馬面、そしてその後ろにいるメイリンが声の方に顔を向けて静止する。

 少し遅れて僕もそちらに顔を向けると、まだ歪む視界の中に、ゼストさんがいた。

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