第04話 アステル

わしが国王のルシリウス12世である!」


 重厚な扉の奥、大広間内の玉座の前で僕は膝をついていた。

 頭の上に金の冠を置いたオッサン、自分のことを王様だと言っているが、酔狂というわけではなく本当にそうなんだろう。オッサンなんて言ったら処刑されるかも知れない。


「……永友ナガトモタケルです」

「驚いた、本当に言葉が通じるんだな。ダリウス――神官がまたふかした・・・・かと思ったぞ! はーーーっはっはっは!」

「陛下、それはあんまりで……」


 牢から出された僕は、横にいる神官風のオッサン――ダリウスさんに連れられてここにいる。そんな僕と話をしていることの、何が面白いのか王様は大笑いだ。


「して、ナガトモよ。そなたはわが国の英雄――勇者として召喚させてもらった」

「ゆ、勇者ですか……しょ、召喚って……? あ、名前はタケルです」

「なるほど、タケル。神官に聞いたが、そなたはここがどこかも分からないようだな」

「はい、さっきダリウスさんと話をしました。信じられないですが、ここは僕がいた世界とは違う世界に思えます」

「異界から来た勇者か。女神様よりの神託もあったことだ。まず間違いなかろう…………いいぞ……いいじゃないか、ダァァァリウゥス!」

「……お褒めに預かり光栄です、陛下」


 自分でもまさかここが異世界とは思っていなかったが、王様の理解がやけに早い。テンションも高い。神託がどうとか言っていたけど、この国の人たちにとって女神様というのは疑う余地がないものなんだろうか。

 しかし、漫画やアニメではよく見るけど勇者と言われるのは何だかむず痒い。


「タケルよ、異界からの勇者ということだ。さぞ素晴らしい能力アステルを持っているのだろう? どれ、儂に教えてはくれまいか」

「アステル? 何ですか、それは」

「なんと、能力アステルを知らぬと言うか。益々、異界の人間という感じだのう。まあいい、詳しいことはダリウスに聞くとよい」

「分かりました……」


 言葉が通じるようになったとは言え、聞きなれない単語がある。アステルと言っていたが、僕には何のことか全く分からない。周りの反応を見ても、王様が変なことを言っているのではないようだ。

 僕の横にいたダリウスさんが少し思いつめるような顔をしたが、気のせいだろうか。


「メイリン!」

「はっ、陛下」


 王様が僕の横――ダリウスさんとは逆側に控えている女の子に声をかけた。

 ダリウスさんがここに僕を連れてきた時に合流した、僕がこの世界に来た時に目の前にいた女の子だ。雪のような印象を受ける綺麗な銀髪、それに馴染むような透き通るような肌をしていて、改めて見ても可愛い。


「お主はダリウスと共に、タケルの能力アステルを確認して参れ。まあ我が国の英雄の力だ、さぞとんでもないものだろうがな。吉報を待っているぞ」

「……承知しました、陛下」

「うむ」


 王様はそれだけ言うと、僕達を置いてさっさと奥の間に行ってしまった。

 残された僕と、両脇の二人――神官のダリウスさんとメイリンさんという名前の女の子が、その姿を控えたままの姿勢で見送る。


「さて、タケル殿。能力アステルを確認しに行こう……」

「すいません、ダリウスさん。アステルって何なんでしょう?」

「女神様よりたまわる力のことじゃ。詳しいことは確認しながら話そう……」

「分かりました」


 王様が大広間を出て行った後、心なしか表情の暗いダリウスさんが立ち上がりながら僕に声をかける。

 入ってきた扉に向かってダリウスさんが歩き出し、僕もそれを追う。僕の後ろにはメイリンさんが付いてきている。


 僕達三人は、そのまま大広間から神殿のような場所に移動した。


「ここは何の場所なんでしょうか?」

「我らが女神様を祭る神殿じゃ。慣例にて……能力アステルを見る際は、この場にて行うことになっておる」

「そうなんですか。しかし、分からないことばっかりだなあ。僕に、その能力アステルっていうのがあるってことですか?」

「そうじゃ……」


 ダリウスさんの表情はやはり暗い。

 神殿の奥になんだか儀式めいた雰囲気の壇があり、ダリウスさんは真っ直ぐそこに向かっていく。


「そこで、膝をつきなさい」

「膝、ですか? 分かりました。こうですか?」

「うむ、それでいい。能力アステルを見るから、少しの間そのままで目を閉じていなさい」

「分かりました」


 僕は壇上の中央で、ダリウスさんに言われるままに両膝をつく。

 目の前に立つダリウスさん、そしてその奥に立つメイリンさんが両手を前にして僕のことをじっと見ている。


 膝をついた僕の頭に軽く触れるように、ダリウスさんの手が置かれた。

 言われたようにそのままの姿勢で目を閉じていたが、少しの時間が経った後、ダリウスさんが深いため息をついた。


「……メイリンよ」

「はい、ダリウス様……」

「お前は、わが国の危機を救う勇者・・んだ。それに間違いはないな?」

「……はい。彼の力は……一体どんな能力アステルなんでしょうか……」

「あれ、もう終わったんですか?」


 僕の頭頂部に置かれていたダリウスさんの手が離れ、メイリンさんと話し始めたので、儀式が終わったのかと思い声を出した。


「ああ終わった。メイリン、お前も予想はついているんじゃろう」

「……大体は」

「陛下は、全く気付いておらなんだな……」

「その……ようですね……」


 二人の声のトーンが低い。

 何だろう、僕が何かしてしまったんだろうか。


「あ、あの僕の能力アステルは何だったんですか?」


 慌てて立ち上がり、重苦しい雰囲気が漂うダリウスさんに声をかけてみた。


「タケル殿、君の能力は……」

「能力は……?」

完全言語理解マルチ・リンガル、と出た」

「マルチリンガル? それはどういった力なんですか?」

「……どんな言葉でも、理解できるという力じゃ」

「言葉、ですか……」

「言葉、じゃ……」


 自分でも思った以上に地味な力を与えられたもんだなと思ったけど、ダリウスさんの表情はそれ以上だ。顔に『凹んでいます』とか『これからどうしよう』とか書いてあるような表情をしている。


 暫くの間、誰も喋らないまま時間が経った。

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