第03話 意思疎通

「ん…………うん……?」


 目を覚ますと薄暗い部屋の薄汚い天井が見えた。

 部屋の中にガンガンと鳴り響く音で目が覚めた。視線だけをそっちに向けると、牢番の男が手に持った棒で、入口の鉄格子を叩いている。


「ったく、やっと目を覚ましやがったか……全く妙なガキだぜ。言葉も何言ってんのか全然わかんねえし、妙な見た目しやがって。おい、さっさと起きて飯食いやがれ――って言っても言葉通じねえけどな」

「あ、牢番のオッサン……そうか、昨日のことは夢じゃない……よな」


 気だるそうに僕を起こしていたオッサンは急に驚いた表情になる。口をぽかんと開けて、鉄格子を叩いていた棒を持つ手が止まった。


「え、何?」

「――お、おい。お前、今言葉を喋ったか……?」

「あれ、オッサンが喋ってることが分かる……言葉が通じてる……?」


 何故だか昨日まで何を喋っているのか全く分からなかったオッサンの言葉は、その意味がしっかりと理解できた。


「どうなってやがる……お前、俺が何言ってるか分かるか? 名前を言ってみろ」

「う、うん。分かるよ。名前? ああ、名前か。僕の名前は永友ながともタケル――です」


 質問を繰り返す牢番のオッサン。

 ちょっと離れた場所から話しかけてくるので大丈夫だが、慌てた様子で話すのでつばが飛んでいて汚い。


「ナガトモタケル? 変な名前だな。でも話は通じるのか……お前、言葉が分からないフリをしてたのか?」

「僕も何でかは分からないけど、言葉は分かるよ。昨日は全然分かんなかったけど。あ、ちなみに名前がタケルです。ナガトモは家族の名前。オッサンは?」

「……口が悪いガキだな、オッサンはやめろ。俺はゴルドーだ――って、名前なんてどうでもいいわ。こうしちゃいらんねえ……」

「あ、オッサン――ゴルドーさん、ちょっと待ってよ! 聞きたいことが――」

「話は後だ!」


 わあわあと喋るオッサン――ゴルドーさんは、僕の言葉を打ち切ってバタバタと走っていく。

 手に持っていた僕の食事のお盆は、置いていかずにそのまま持っていってしまった。お腹がぐうと鳴り、せめて食事は置いてってくれればいいのにと思ったが、せわしない様子だったので止められなかった。


「ったく、何なんだよ……でも、何で急にオッサンの言葉が分かったんだ?」


 再び一人牢の中に残された僕は、オッサンが出て行った方を見ながら呟いてしまった。この妙な所に来てから、どうも独り言が出てしまう。


 昨日のことはしっかり覚えている。

 素っ裸の状態で儀式をするような変な部屋に連れてこられ、そのまま訳も分からずに牢屋にぶち込まれた。何でそんな扱いを受けなきゃいけないかは分からないけど、言葉が通じる人はいなかった。ゴルドーさんも、昨日は全く言葉が通じなかったはずだ。


 何だか記憶が――眠りに落ちる前のことをしっかりと覚えていないな、と思っていると何人かがバタバタと入ってくる音が聞こえた。


「き、君っ! 本当に言葉が分かるのか?」


 最初に入ってきたゴルドーさんが、手に持った鍵束で鉄格子の扉を開け、そのゴルドーさんをどかすようにして僕がいる牢の中に入ってきた人――ヒラヒラした服を着た別のオッサンが声をかけてきた。


「は、はい。分かります……」

「何てことだ……お、おい。お前。すぐに陛下に報告だ! ……走れ、バカモン!」

「はっ、はいぃぃっ!」


 ローブと言えばいいか。ゆったりとした袖のあるワンピースのような服を着た初老のオッサンは、横にいた甲冑姿の兵士のような男に怒鳴っている。今度は兵士が部屋から出て行った。


「君、名前は――ナガトモタケル、で間違いないな?」

「はい、そうです。タケルが名前です」

「そうか、わしの名前はダリウスと言う。ではタケル、君はどこから来たんじゃ? ここがどこかは分かるか?」

「えっと……東京――日本という国から来ました。来た、というか気付いたら急にここにいた感じですけど……なので、ここがどこかは分かりません。ここはどこなんでしょう?」


 ローブ姿のオッサン――ダリウスさんは一から順に、というように質問をしてくる。

 名前を、国を、と聞かれることにひどく違和感がある。不法入国とかしたら、こんな感じなんだろうか。いや、もっと怒られるような気がする。


「ニホン……? そんな国は聞いたことがないが……ここは、ローデンベルクの首都じゃ」

「ローデンベルク? 国の名前ですか?」

「そうだ……我が国の名前を知らぬとはのう……随分と遠方の人間か?」


 ダリウスさんが国の名前を教えてくれたが、ローデンベルクなんて国の名前には聞き覚えはない。ヨーロッパの小さい国とかだろうか。それとも、まさか本当にここは異世界なのか。


「すいません、ちょっと分からないです。ヨーロッパですか?」

「ヨーロッパ? そんな国はない。君は何を言っているんじゃ――まさか、本当に異界からの使者ということか? にわかには信じられんが……」

「異界? そういうのがあるんですか?」

「古い文献にそういった例がある。それに、今朝女神様から神託があったんじゃ。『この世界に呼び出されたのは異界からの勇者』である、と」


 お互いに異世界なんてものは信じられない気持ちであるようだが、何とお告げがあったのだとダリウスさんは言う。なんと都合のいい――というかタイミングのいい神様なんだろうか。


「異界とは――君の住んでいた世界とは一体……いや、今はいいか」

「え、ちょ、ちょっと……」


 僕の言葉に首を振るダリウスさんは、急に僕の手首を掴んだ。


「話は後で詳しく聞かせてもらう。とにかく、儂についてきてくれ!」

「え? あ……はい」


 強く手を引かれ、牢屋のある部屋から連れ出される。

 僕の後ろを、部屋にぞろぞろと入ってきた連中がついてきた。


 早足の僕たち集団が歩いていった先には、巨人でも住んでいるのかと思ってしまうほどの大きな扉が待っていた。

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