第02話 星の光

「お腹すいた……」


 与えられた衣服を身に着けたものの、本当は雑巾なんじゃないかと思うようなものだった。

 布と布を縫い合わせただけ、というような作り。肌触りも最悪だ。


 そもそも裸にそのまま着ているので、色んなところが擦れて痛い。

 せめて下着が欲しい。いや、こんな所でまともなパンツが出てくるとも思えないから、やっぱりいらないと思い直す。


「お腹すいた……」


 腹の虫がうるさい。自然と独り言も出る。

 丸一日バイトで働いた後、夕飯を待っている時にこんなことに巻き込まれたので、尚更だ。腹も減るが、むしろ段々腹が立ってきた。


 薄々、というように頭に浮かんでいたが、これはもしや異世界というやつじゃないだろうか。最近の漫画やアニメで流行っている類の現象だ。

 お風呂に入ってた状態から急に全く別の異国のような場所にいる、なんてそれ以外考えられないだろう。どこかの国が、人を転移させるような研究をしていたとかなら別だが、何となくそっちの方が非現実的に思える。なのでこれはきっと、異世界だ。


 正直言って、そういった夢想をしないわけじゃないけど、仮に本当にそうだとしたらあんまりだ。聞いていたものは、入浴中に頭を掴まれて引きずり込まれるようなもんじゃない。少なくとも僕が知ってる限りは。

 学生服とかの状態で――と言っても僕はもう学生じゃないからイメージの話だけど、うっかり迷い込んでしまったような状態で、清潔そうな空間で目の前に女神様が出てきて、とかそういうもんだろう。

 驚いていると「あなたは勇者です」とか言われて、伝説の剣とか貰って、かいがいしくお世話をしてくれる女の子がいて、とかそういうもんだろう。


 片や、何だこれは。

 素っ裸をオッサン集団や女の子に晒されて、薄汚い牢屋にぶち込まれて、与えられたのはボロ切れだけだ。パンの一つもくれやしない。待遇に問題がある。

 もっとも、言葉が通じないのでそれを要求するのも無理なんだけど。


 そんなことを思っていると、牢屋の番人のような男が鉄格子の扉をガンガンと叩いた。


「何だ? あ、ありがとうございます……食事はくれるんだ」


 見ると、扉の下の隙間から器が差し入れられた。

 陶器の器に入った、どろっとした感じのスープだ。きっと、これはスープだ。


 木のスプーンが一緒に器に入っているので、「食え」ということだろう。


「しょっぱい……」


 一口、口の中に入れての感想。

 塩辛いとは違うが、コクというものが一切ないような味だ。


 恐らく豆のスープなんだろうが、具が豆しか入っていない。味付けも塩だけ、という感じだ。好き嫌いなど、銀杏ぎんなんが食べられないくらいしかないし、その銀杏もアレルギーのせいで食べられないというだけだ。そんな僕でも、このぬるいスープは手放しかつ大声で「まずい」と言える。

 頭に浮かぶのは文句ばかりだが何もないよりはマシだし、何となくすぐに家に帰れるとも思えないので、無心で口に放り込んでいく。作業だと思うことにした。


 その作業もすぐに終わる。量が少ない。

 不覚にもペロリと食べたような感じになってしまい、それもそれで悔しい。何故か僕の食事姿を見ていた牢番の男と目が合い、こちらの内心を読まれたのかニヤリと笑われる。その表情にも少々イラっとくる。


「はあ……これからどうなっちゃうんだろ……おじさーん、ここどこなの?」


 数時間の関係から、視線を交し合うほどの仲になっていた牢番の男に声をかけるが、「何言ってんだコイツ」というジェスチャーを残して向こうの方に行ってしまった。やはり、言葉は全く通じないのだろう。


 一人牢屋にぶち込まれてからというものの、起こったことと言えば牢番のオッサンと交わす視線とぬるいスープくらいだ。何も起こらない。恐らく、今晩はここに泊まれってことだろう。

 状況説明もなしに急に囚人扱いとは、何と不条理な世界だろうか。普通に困る。


「オッサンもどっか行っちゃったしな……やることもないし、寝るか……」


 自然と独り言が定着しつつある。

 牢番のオッサンすら現れなくなり、途方に暮れながらも寝るしかないかと考えた。


 そうやって横になってウトウトとしながらも緊張からか中々寝付けず、目を開けて中空を見ていた。


「…………ん? 何だ?」


 薄暗い牢屋の中、天井の方から何かキラキラしたものが降っているように見えた。

 雪のように振る光の粒。そんな見た目だ。


 異変に体を起こして何が起こっているのかと見ていると、その光の中から人影のようなものができていく。

 徐々に輪郭を整えているようなそれ・・は、僕の意に反して言葉を投げてきた。


「人の子よ……」


 凛とした声が狭い室内に響く。


「そなたは何を望みますか……」


 髪の長い女性のような姿が、声と共に現れる。

 溢れるような光に、目がくらむようだった。

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