第一章 勇者召喚

第01話 召喚からの牢獄

 一体、どうなってるんだ。


 剥き出しの尻に石の冷たさを感じながら、僕はそんなことを思っていた。


 床に座り込む僕を見下ろす複数の目。

 演劇の舞台上に上がってしまったのかと不安になるほど、変な格好をしている人ばかりだ。中世ヨーロッパのような、と言ったらよいのだろうか。僕が注目を集めているのは分かるが、妙な場所にぽつんと浮いた存在となっているように思える。


 そんな妙な状況も状況だが、一番の問題は僕が素っ裸・・・であることだ。

 何故こんな場所でストリップを興じさせられているのか。まだ十八にもなっていない男の僕の裸体を愛でているのであれば、ド変態の集会場ということで片がつくのだが、残念ながら周囲の面々はクソ真面目な顔をしている。いや、残念というのは言葉のあや・・だ。


 何より目の前――僕のすぐ近くには銀髪の美少女がいる。気付いた時には、彼女が僕の頭に手をかざすようにしていた。

 日本人離れをした顔の造り、白に近い雪のような銀の髪色、手放しで「可愛い」と言ってしまいそうな容姿。思わず胸の内でそんな感想をもらすが、思えば僕は素っ裸だ。大事な所は手で隠しておく。


 不思議と頭は冷静であり、状況を観察していた。最初に一言二言声をかけられたが、僕に注目する人達が喋る言葉は耳に覚えがない。少なくとも日本語じゃないことは分かるけど、英語でもなさそうだ。どうやったらコミュニケーションがとれるのか全く分からない。


――――いや、そうじゃない。


 外国人に囲まれているのが問題じゃなくて、急に裸でこんなところに放り出されたことの方が問題だ。


 頭が冷静なうちに、一旦状況を整理しよう。

 僕の名前は永友ナガトモタケル、十六歳。訳あって高校を中退してフリーターの身ではあるが、至って普通の日本の若者だ。


 ついさっき――本当についさっきのことだ。


 近所のバイト先のコンビニのシフトが終わって、いつも通り帰宅した。共働きの両親はまだ帰っていなかったから、日課の半身浴に興じるために風呂に入った。半身浴は体にいいらしい。

 ぬるめのお湯に長い時間浸かり、ぼうっと浴室内の中空ちゅうくうを見ていると、そこに小さな――と表現していいのか分からないが、そんなようなものを見つけた。


 はじめは目の錯覚かと思った。じっとそれを見ていると、その穴が徐々に広がっていった。思い返すと明らかに異様だけど、何故だかその時は状況をすんなり受け入れてしまったのを覚えている。

 ようやく驚いたのは、その穴からが出てきた時だ。奥の方が見えない穴から、ぬっと出てきた白い細い腕。驚いたと言ったけど、実際には驚く間もないうちにその手に僕の頭――というか髪の毛がむんずと掴まれ、強い力で引っ張られた。

 そうやって僕は穴の中へと引きずり込まれた。


 見知らぬ場所で、見知らぬ人達に囲まれる状況になる前、記憶はそこまでだ。


「あ、あの……ここは一体どこなんでしょう」


 意を決して声をあげるが、周囲の目は冷ややかなままだ。

 僕の前にいる美少女も、ちらりと視線をこっちに向けるだけで何も言わない。


「僕はあなた方に連れてこられたんでしょうか……?」


 改めて、周囲に向けて声をかけても、反応がない。

 一体何なんだ。人を裸の状態で床に放置しておいて何も言わないとはどういう了見だと言いたいけど、思えばさっき違う国の言葉を喋ってたのだから、単純に言葉が通じないんだろう。


 そんなことを思いながら、はっと怪しい宗教の集団にでも拉致されたのかと頭によぎる。

 なんかの儀式……? 僕は何のために……儀式の生贄にでもするつもりか?

 そうであれば素っ裸なのも理由がつく。いや、素っ裸なのは僕が風呂に入っていたからだ。時間もさほど経ってないのは、びちょびちょの体が段々冷えてきていることからも分かる。


 こちらの質問に答えてくれないものの、周囲でざわめく人達。

 その奥から、一人の男がこちらに向かって歩いてくる。


 ようやく説明でもしてくれるのか、と思ったがそんな気持ちはその姿を見て消え失せた。何を血迷ってるのか、頭に金ぴかの王冠・・のようなものを載せている。

 きっと、あれはダメだ。コスプレ集団の中で一番頭がイってしまってる。


 僕の目の前に立ったオッサンが一言二言をかけてくる。

 こちらに質問をしているように見えるが、勿論言葉の意味は分からない。


 返事をしたものか迷っていると、オッサンが仰々しい身振りで喚き始めた。


 王様のような格好をしたオッサンが喚くのに対して、近くにいた同じ齢くらいの禿頭に髭面の人があわあわと何か返事をしている。きっと、見た目通りに偉い立場なんだろう。僕にはちょっといただけないコスプレをしているようにしか見えないけど。


 散々ぎゃあぎゃあと騒いだ後、肩で息をしているオッサンは、こちらをちらりと見て捨て台詞のようなものを吐くと、興味を失ったように僕の前から去っていった。いや、最初から興味はなかったようにも見える。

 それと入れ替わるように、鎧をまとった男達がこちらに駆けてきた。


「え、ちょっと……何ですか? ちょっとぉぉーー、何なんですかぁぁーー!」


 裸の僕の両腕が男達に掴まれる。

 おのずとご開帳となる僕の前面。遮るものがなくなってしまった。


 そんな姿勢で、屈強な男達に引き摺られるように歩かされる。はたから見たときの絵面にも問題はあるけど、それより一体どこに連れていかれるのか、恐怖しかない。


「ちょっとちょっと! 説明して下さいよ! 何なんですかココは! くっそぉぉおおお、日本語通じないんですかぁぁああ! いやだああぁぁああ! 誰かああぁぁあああ!」


 まるでか弱い小鹿バンビちゃんのような僕の悲痛な叫びは、空しく響くだけだ。

 引き摺られて着いた先は、絵に描いたような牢屋だった。


 こんなものを用意しているなんて、とんでもない集団だ。

 無造作に僕をそのおりの中に放ると、無慈悲にも鉄格子の扉が閉まった。


「なんで牢屋に入れられなきゃならないんですかぁぁあ! 説明を――って何コレ」


 牢のほこりっぽい床に転がる僕に、何か布切れのようなものが投げ入れられた。

 一瞬何かと思ったその雑巾のようなものは、広げてみると粗末な衣服だった。


 服をもらえたことに一瞬でも嬉しいと思ってしまったが、そういうことではない。

 突如、文字通り丸腰の状態で牢屋に放り込まれた僕は一人、呆然とする。

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