星の勇者さま

伊藤マサユキ

星の勇者さま

プロローグ

召喚からの裸体

 こんなはずじゃなかった。


 王国の魔術師が用いる儀式の間にて、メイリン・フィリエは胸中でそんなことをつぶやく。

 周囲には濃い色のローブをまといフードをかぶった王国直属の魔術師達、そして清潔な身なりをした神官達が多くいる。それらの表情は読めないが、みな目の前の光景に戸惑っていることが分かる。


「一体、どういうことだ……」

「あれが勇者・・だというのか? まだ子供にしか見えないが……それに……」

「小娘が能力アステルを偽ったのか……? いや、そんなことができるわけが……」


 魔術師や神官のじいさん方は戸惑いを隠せないようにざわめいている。

 中にはメイリンに対する懐疑的な言葉もあるが、メイリン自身、儀式の間の石の床に尻餅をついた体勢でこちらを見ている少年・・の姿を、まるで現実のものではないように見ていた。


 国に危機が訪れるという神託がくだり、国軍の一兵卒であるメイリンは国王より英雄の召喚の大義を賜った。

 メイリンは自身が神から授かった能力アステルの力を信じていた。メイリンが信頼を置いているダリウス神官のお墨付きの力だ。それに自分の力をすでに何回か試している。疑う余地もない。その事実から、今回の儀式が大々的に行われているという所もある。


 魔術師たちが用いる巨大な魔法陣が床に描かれた儀式の間――魔法陣自体はメイリンの能力アステルには何ら関係ないのだが、大勢の人間の視線を集めながらその中央に進んでいる時は、栄誉ある国王の下命かめいを受けた誇りで胸が一杯だった。


 その時の表情が一転、今のメイリンの顔は真っ青だ。


「陛下――」


 巨大な魔法陣の外で儀式を見守っていた国王が前に進み出て、魔法陣の中心の方に向かって歩く。傍らにいた老齢の神官が声をかけるが、国王が無表情であることに気付き慌てて口をつぐむ。


 ゆっくりとした歩調で魔法陣の中心に座り込む少年・・に向かって、国王が歩く。


 少年の目の前に立った王は、横にいるメイリンの顔をちらりと見るが、真っ青になって固まった表情を見ると、視線を少年の方に戻す。


「……そなたが、わが国の英雄――勇者・・か?」


 静かに口を開く、王の姿を周囲の人間は固唾かたずを呑んで見守っている。

 その言葉は、床に座り込む少年に向けられていることは誰しもが分かるが、声をかけられている当の少年は目をぱちくりとし、王の立ち姿をじっと見ているだけで口を開かない。


「勇者なのか、と聞いておる」


 言葉が返ってこないので再度尋ねる王だが、少年の方は困ったような表情を浮かべているだけだ。


「……これが勇者か…………そうかそうか……ははは……あーっはっはっはっは!!」


 王冠を頭に載せた王がゆっくりと静かに、そして段々と声を大きくして、最後には狂ったように笑っている。

 誰もそれを止める者もいない。


「おい、ダリウス――いや、神官!!」

「はっ、はいぃぃぃぃ!!」


 急に笑いを止めた王が、横にいた初老の男――ダリウス神官に怒鳴った。


「これが勇者だというのか、えぇ!? 間違いないのか!?」

「へ、陛下……メイリンの能力アステルは本物です。この者が勇者で間違いないかと――」

「間違いないと言ったか、ダァァァァリウスゥゥゥ!! こんなっ!! 生まれたばかりの赤子のように素っ裸・・・の子供が!! 勇者だというのか、えぇおい!! というか、何で裸な上に濡れてる・・・・んだ!! 生まれたばかりの子鹿バンビちゃんか!!」


 ダリウス神官の言葉に対して、王は怒りというよりは呆れというように怒号を上げる。返す言葉がないのか、王の怒りを買ったダリウス神官はうなだれた様子で首を横に振っている。


「もうよい。この者を牢にぶちこんでおけ。話そうにも口も利けないんじゃ何もできないだろう」

「はっ」


 一言言葉を残すと、王はきびすを返して部屋の外の方に歩いていく。

 王の言葉に反応した二人の兵が、裸の少年の方に駆け足で向かっていった。


 二人の兵士に両脇を掴まれて体を引き起こされ、引きずられるように歩かされる少年は、何やら異国の言葉のような声で喚いている。

 そんな声が上がる中、王がぴたと足を止めて背後にいたメイリンに声をかける。


「……メイリン。あの子供の面倒はお前が見ろ。何しろ、わが国の勇者・・だからな」

「陛下……畏まりました……」


 薄暗い儀式の間を王が出て行き、神官や魔術師達もその背を追うようにして部屋を出て行く。

 ぎゃあぎゃあと喚いていた少年も兵達に引きずられて部屋を出て行っており、儀式の間にはメイリンが一人残っている。


 頭の血の気はいまだ引いたままである。


 先ほどの素っ裸の少年を脳裏に浮かべ、混乱した頭を静めようとするがダメだ。

 メイリンは暗い部屋の中一人、今後のことを思い、盛大なため息をつくのだった。

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