第10話 ダリウスさんの場合

「全くえらい目にあったよ……」

「ほっほ、ゼスト殿はスパルタじゃからなあ。全く、結構齢も食ってるのによくやるわい」


 ゼストさんとの特訓の翌日、僕はダリウスさんの私室に来ていた。

 来ていたと言っても、ダリウスさん本人に直接連れてこられたため、何の用で来ているのかは分かっていない。


 昨日の特訓が終わった後、さすがにもう一度牢屋に放り込まれるわけでもなかったのは幸いだった。比較的広いながらも普通のサイズのベッドに、普通のサイズの家具などが並ぶ部屋に泊まらせてもらった。お城の広い客室に案内されるわけじゃなかったのは残念だけど、牢屋との寝心地の違いは言うまでもない。


 夕食、その翌日の朝食共に、メイリンさんが運んできてくれたのも嬉しかった。


「さて、タケル殿。疲れているところとは思うが、今日は君の魔術の適性を調べる」

「はい。でもダリウスさん、前にも言いましたが僕の世界には魔術なんてものはなくて、どういうものなのか全くピンときていないんですが」

「ほっほ、順を追って説明するから安心しとくれ」


 昨日のゼストさんとの特訓は酷いもんだった。

 ひたすらゼストさんに木剣で打ち込んだ――打ち込まれた末に、筋力が弱いと言われて後半はひたすら筋トレになった。自重のトレーニングが主なものだったとは言え、笑いながらもスパルタなメニューをどんどんお代りしてくるゼストさんに言われるがままだった。正直、朝起きてからずっと全身が痛くて、歩くのは勿論手を上げるのだってしんどい。


 それに比べて、すっかり温和な雰囲気に戻ったダリウスさんに魔術を教えてもらうのは楽しみだった。ファンタジーな雰囲気満載のこの感じに、待ってましたと言ってもいいくらいだ。


「さて、早速始めようか。タケル殿、まず君の魔力量と適性を調べよう。この盤上ばんじょうに手を載せてくれ」

「は、はい。この円盤は何ですか?」

「適性を見るためのものじゃよ。説明しても分からんじゃろうから省略するぞ」


 そう言って、ダリウスさんはさあさあと言うように目の前の円盤を僕に促す。

 ちなみにダリウスさんが僕の魔術の適性を見てくれているのは、ダリウスさん自身が魔術のエキスパートだからだそうだ。あまり気乗りしない様子のメイリンさんが僕の質問に答えてくれたのだが、神官であるにも関わらず魔術に明るい人はほとんどいないということだった。つまり、こう見えてダリウスさんはかなり優秀な人であると言える。


 そんなダリウスさんに促されるままに右手を円盤の上に置いた。


「これでいいんですか?」

「ああ、十分じゃ。魔力を流すぞ。一応言っておくが、自分から魔力を出そうとはしないどくれ」

「そんなこと言われても……魔力の出し方なんて知りませんし……」


 ダリウスさんがそう言った後、僕が手を載せている円盤の全体がぼうっと光った。

 その直後、僕の右手と接している部分から、円盤状に刻まれた模様に沿うように白い光の線が伸びていく。まるで僕の手から出た水が円盤状の溝を伝っているような感じだ。


「ほう、ほうほう。なるほどのう……お、もう止まってしまったか」

「これで何か分かるんですか?」

「簡単なもんじゃが、魔力の量と適性が分かる。もっとも、適性の方は扱ってみないと分からん部分も多いから、何とも言えんがの」


 髭をさすりながら円盤上の光を見ているダリウスさんだったが、どうやら終わったようだったので僕も右手を円盤から離した。思っていたより随分あっけない。

 僕が手を離してから少し経って、盤上の光が消えた。


「それで、僕の魔術の適性はどうだったんでしょうか?」

「うむ、それじゃがな……」

「はい……」


 何故かダリウスさんが言葉を溜めるので、ついごくりと唾を飲んでしまった。

 剣術は凡才だとゼストさんに言われてしまったけど、魔術の方は隠れた才能が――


「普通じゃな」

「――普通かい」

「ん? どうかしたのか、タケル殿?」

「いえ、なんでもないです……」


 どうやら魔術の方の才能もなかったらしい。いや、普通だと言われただけで才能がないわけじゃないのかも知れない。ダリウスさんは悪気のない顔をしていたが、ちょっとこぶしを固めてしまった。


 なんかもうこの世界に来てから、都合のいい展開なんてないのだと諦めたはいたけど、ここにきて最後の砦が崩れ去った思いだ。まあ、そんな気はしてたからもういいんだけど。


「しかし喜んどくれタケル殿。普通と言ってもその齢にしては、じゃ」

「と言うと?」

「タケル殿の世界には魔術がないと言ったじゃろう。全く魔術に触れずに育ったら、普通は適性なんてないもんじゃからな。そう考えると、逆に不思議ってもんじゃ」

「は、はあ……よく分かりませんが、全く才能がないって訳じゃないんですね」

「その通り、訓練次第ということじゃ。全く、腕が鳴るのう」

「お手柔らかにお願いします」


 才能がない訳ではないらしいので少しほっとしたが、ニヤリと笑うダリウスさんの表情に、昨日のゼストさんとの訓練がフラッシュバックした。

 ダリウスさん自身は温厚そうなのできっと大丈夫だろうし、どこかのタイミングで剣術じゃなくて魔術に重点を置かせてもらうのもアリかも知れない。魔術を巧みに扱う勇者なんてかっこいいじゃないか。というか、あの剣術の訓練についていける気がしない。


「さあさあ、適性も見たことじゃし訓練に移ろう」


 ダリウスさんはそう言うと、僕に部屋から出ろというように手で促す。


「あれ、訓練ってここでやるんじゃないんですか? 魔術の訓練って言うから座学かと思ってましたけど」

「何言っとる、そんなもんは後じゃ。まずは魔力量を増やすことから始めんといかんからな」

「そういうもんですか。どこで訓練をするんですか?」

「昨日もゼスト殿と行ったじゃろう。訓練場・・・じゃ」


 僕と一緒に部屋を出たダリウスさんが扉を閉めながらそう言ったが、その顔には何かを含んだような笑みが浮かんでいた。


 その日の訓練場では、二日連続の僕の叫び声が響き渡った。

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