第45話 殴り合い

 マークスさんが馬面の魔獣を全て片付けたことにより、残る魔獣はゼストさんの正面にいる牛頭の魔獣のみとなっていた。


「あー、ホント五月蝿うるさいわ。だからアイツと一緒に戦うの嫌なんだよな……」


 ゼストさんと牛頭とは睨み合いになっているが、直前の騒ぎにより戦いが中断されていた。マークスさんの戦いと、その周囲の女の人たちの騒ぎは、屈強な魔獣の動きすらも止めたということだ。一体何なんだ。


「こっちは終わったよ、ゼスト・ジラールくん。助けが必要なら――」

「いらねえよ。黙って見とけ」

「ふふ、意固地な男だよ本当に。しかし、君のそういう所が――」

「だから、黙ってろっつってんだろ!」


 マークスさんは駆け寄ってくる女の人たちに囲まれながら、ゼストさんに声をかけているが、いい加減というようにゼストさんがキレ・・た。気持ちは分かる。


「さて、やかましい邪魔が入ったが……俺たちもそろそろろうぜ」


 拳をゴキゴキと鳴らしながら、ゼストさんが牛頭に近付いて行く。

 目の前のゼストさんを威嚇する魔獣だったが、無警戒に近付くゼストさんに牛頭が拳を振り上げ襲い掛かってくる。


「そうだな、一発――受けてやるよ」


 ゼストさんより一回り大きい魔獣の振り上げられた拳は、最短距離で向かっていき、ゼストさんの顔面に入った・・・。魔獣の拳を受けたゼストさんだが、真正面から敵の攻撃を受けたにも関わらず、後方に飛ばされることもなくしっかりと地に足をつけ踏ん張っている。


「ふん……こんなもんか。馬のやつ・・・・と大して違いはないな」

「ブルルルル!! ――ブルルッ!?」


 無抵抗のゼストさんに反対の手で再度殴りつけようとした魔獣だったが、その拳は目標に届く前に静止する。ゼストさんが魔獣の腕をすんで・・・のところで掴んだのだ。


「――おらああっ!!」


 お返しとばかりに握りしめた拳で魔物の顔面――そのど真ん中を殴りつけるゼストさん。拳をモロに受けた魔獣は、広場の中央へとふっ飛んでいく。


「そんな、あの魔獣を……圧倒的じゃないか」

「それがゼスト様・・・・、よ」


 メイリンと二人で決死の戦いを挑んだ相手に対して、ゼストさんの力は自分でも口にした通り圧倒的だった。敵の攻撃を物ともせず、魔術で強化されたメイリンの打撃でも大したダメージを与えられなかった敵を、一撃でふっ飛ばす。ゼストさんの能力アステルの効果が異常なのだろうか。いや前に戦ってるのを見た時、能力アステルを使っていない状態でも馬面の魔獣の攻撃を受け止めていた。単純にゼストさんの持つ力が異常なんだろう。


「タケル殿、よく見ておくんだ。これが――筋肉の力、そして偉大さだっ!!」


 戦闘の真っ最中のゼストさんから声がかかる。筋肉の力の限界を超えているだろう、とツッコミたかったが今はやめた方がいい。

 殴り飛ばされ、広場の石畳に転がった牛頭が上体を起こし、歪む意識を取り戻そうと顔を振るようにしている。そんな敵に構うことなく、ゼストさんはゆっくりと距離を詰める。


「おら、立てや。これで終わりなんて言うなよ」

「ブルルルルッ!!」


 迫るゼストさんに怒りの声を上げて、魔獣ががばっと立ち上がった。

 怒りをぶつけてくるように再度ゼストさんに向かってくる。


「そうこなくっちゃな――ふっ! おらっ! ははっ、遅いぞ! おらああっ!!」


 ファイティングポーズを構えて魔獣を迎え撃つゼストさんは、向かってくる牛頭の拳を避けては拳を顔面に叩き込み、再度振るわれた拳を払いながら回り込み、敵の横からボディを殴りつける。まるでボクシングのような攻防が繰り返されるが、もはや一方的な試合だ。ゼストさんの拳を受ける度に、動きが鈍くなる魔獣の顔は泣きそうになっているようにも見えてくる。


「さっさと終わらせてくれたまえよ、ゼスト・ジラールくん。君、趣味が悪いよ」

「テメェだけには言われたくねえよ!!」


 マークスさんからの野次が入った頃には、もう牛頭も足にも力が入っていないようで、弱々しく腕を振り回している。そしてついにがくんと膝を落とし、石畳に膝をついた上体で、力なくゼストさんを見上げていた。もう腕も上がらないようだ。


「終わりだな。魔獣にしては、まあまあ強かったぜ、お前――」


 魔獣にそう告げたゼストさんは、前蹴りで魔獣を地面に転がす。牛頭自身も、それを受け入れているように見えた。地面に投げ出された魔獣の頭に拳を振り下ろし、どんっと大きな音が聞こえた後、魔獣が霧散した。


「ゼスト様――――お疲れ様です。その……すいませんでした」

「メイリンか。お前も頑張ったな。精進しろよ」

「はい……」


 魔獣との戦いが終わり、ゼストさんに駆け寄るメイリンが一言二言言葉を交わす。


「やあ、メイリン。久しぶりだね」

「マークス様も、本当にありがとうございました……」

「君みたいな可憐な女の子レディに戦いなんてさせられないからね。私が来たからにはもう魔獣に好き勝手やらせないさ」

「いえ、私ももう近衛隊の一員ですので……」


 ゼストさんとメイリンのもとにマークスさんも寄ってくる。

 気軽に話している感じを見ると、顔馴染みなのだろう。まあ、メイリン自身王国で長く働いているようだし、当然なのかも知れない。


 広場の片付けは残った兵たちに任せることになり、ゼストさんとマークスさんが王様のもとに向かうと言うので、僕はどうしたものかと思ってやり取りを見ていた。


「タケル殿、何をしてる。早く行くぞ」

「僕も、ですか?」

「当たり前だろう。何を寝ぼけたことを言ってるんだ」

「君、タケルって言うんだ。聞いたよ、勇者・・なんだってね」


 ゼストさんに呼ばれて合流すると、マークスさんも僕に声をかけてきた。


「はい、一応……そうなってます」

「ふうん。じゃあ――私の好敵手ライバルだね」


 笑いながらウィンクを飛ばしてくるマークスさん。

 気の利いたことを返せない僕は、その背中を追って城へと向かう。

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