星の勇者さま

第44話 ローズ・バトラー

「さあ、どこからでもかかってこい！　魔獣共よ！」

　マークスさんがそう高らかに宣言し、そして跳んだ（・・・）。跳び上がり、空中で捻りを入れて少し前方に着地した。マークスさんが空中でくるくると回る最中、恐らく能力（アステル）の効果と思われる赤い花びらがマークスさんの体の周囲に舞い続けている。一体何の意味がある跳躍か分からないが、周囲のウケ（・・）はいい。絵面的な特殊効果のための能力（アステル）なのかという考えが浮かぶが、まさかそんなはずはない。

「キャー、マークス様ー！！」

「マークス様、野蛮な魔獣をとっちめて下さい！！」

「ま、マークス様……ギャー、跳んだー！！　マークス様最高ぉ――」

　マークスさんの一挙一投足（いっきょいっとうそく）に黄色い声を上げる女の人の中には失神して倒れる人も出てきている。恐らくマークスさんのファン（・・・）なのだろう。広場には奇声が鳴り響き、どっちが魔獣なのかが分からなくなってくる。

「はははっ、こっちだ！　遅い遅い！」

　広場内に散開していた馬面の魔獣を挑発するように動くマークスさんに、十体ほどの魔獣が群がる。威勢の良い登場とは異なり、魔獣の注意を引くように動くだけで、まだマークスさんから攻撃を仕掛けてはいないようだ。

「ちっ、チンケな戦いしやがって……おう、俺達はガッツガツに殴り合おうぜ。そんな斧（・・・・）、捨てちまいな」

　片や、牛頭の魔獣と一対一の形で相対するゼストさんは、言葉が通じる訳ないのに素手での戦いを挑むように魔獣に声をかけている。勿論魔獣はお構いなしに、手に持った巨大な斧を振り上げ、ゼストさんに打ち掛かる。

「――仕方ねえ、状況も状況だ。最初っから飛ばしていくぜ！！　俺専用強化（パワフル・ゼスト）！！　――ぬんっ！」

　前回は出し惜しみをしていた能力（アステル）を使ったゼストさんは、振り下ろされる斧に真っ向から立ち向かう。そして、その刃を両の手で挟み、止めた（・・・）。真剣白羽取り（しんけんしらはどり）ならぬ、真斧白羽取り（しんぷしらはどり）だ。

「ブ、ブルルル……」

「ぬおおおおお……おらあああっ！！」

　力と力が拮抗するような、歯を食いしばって声を漏らす一人と一匹だったが、叫びと同時にゼストさんが敵の斧をもぎ取り、投げ捨てた。片手で握っていたものの、得物（えもの）を力尽くで奪われた牛頭は驚いたような表情を見せる。

「はあ……はあ……これでお互い武器はねえな。さあ、殴り合うぞ」

「ああ、ゼスト様の悪い癖が……」

「ははっ、ウケる。あのオッサン、マジでヤバイな」

　どれだけ素手で戦いたかったのか、ゼストさんは敵の武器を奪ってまで素手での戦いを挑む。僕の横にいるメイリンもはらはらしながら様子を見ているようで、懐からはスライの笑い声が聞こえてきた。

「素晴らしい――素晴らしい力だよ、ゼスト・ジラールくん！　そんな威勢を見せられたら、私も魅（み）せられずにはいられない――だろう？」

「だから五月蠅（うるせ）えよ、こっちに構うな！！」

「やれやれ……君は本当にイケズ（・・・）だ。それではお先に……これが私の能力（アステル）、その真骨頂！」

　ゼストさんの戦いに、馬面の魔獣達の攻撃をひらりひらりと躱（かわ）しながら、マークスさんが茶々を入れてくる。よそ見をしながら、休むことなく仕掛けてくる魔獣の攻撃を躱しているのだから、あの人もあの人で大概だ。

「ブ、ブルルル……！？」

「――君達はもう動けはしない」

　踊るようなステップで広場を動き回っていたマークスさん。その周囲にいる魔獣たちは体を痙攣させるようにして動きを止めている。よく見ると、マークスさんの動きの軌跡に残っていた赤い華が、魔獣たちの体に纏（まと）わりついていた。

「で、出たーー！！　マークス様の第三の能力（ターシャリ）、華の騎士（ローズ・バトラー）の真骨頂！！」

「一見、ただの格好付けで体の周囲に華を舞わせるだけの能力（アステル）と思いきや、その実は敵をその動きで誘い込み、花びらに含まれた毒で敵の動きを封じるというその力！！　華を撒き散らかしながら戦場を単騎で駆け巡るその姿が恐れられ、敵兵から付けられたあだ名は『花咲か――――」

「ゆくぞっ！」

　地に伏せながらもマークスさんの戦いを解説してくれる兵たち。その声が終わる前に、マークスさんが目で追えないほどの速度で剣筋を描き、それぞれ一閃で動かぬ魔獣たちの首を落とす。一瞬のことだったが、十体の魔獣が全て霧散した。

「綺麗な華には、毒（・）がある――――だろう？」

　馬面の魔獣が全て塵となり、マークスさんがよく分からぬ決め台詞のようなものを口にすると、広場に一瞬の静寂が訪れる。その一瞬の後――

「マークス様がやったわ！！」

「とんでもないものを……とんでもないものを見てしまったわ……」

「ステキ！！　ステキよーーーー！！」

「キ゛ャ゛ァ゛ーーーー！！　マ゛ーーク゛ス゛様（さ゛ま゛）ーーー！！　うっ――おろろろろろろ……」

　広場は阿鼻叫喚の騒ぎとなり、興奮しすぎて嘔吐する人も出ている。

　マークスさんの戦いは単純に凄かったけど、何とも言えない気持ちになる。