第43話 ゼストさんと華の騎士

 顔面を殴りつけられた魔獣は、後ろに飛ばされたものの踏ん張って耐えている。

 こんな規格外の魔獣を殴りつける人なんか確認する必要もないけど、僕の前に出たその背中は、ゼストさんのものだった。


「ゼストさんっ!」

「ゼスト様……! 一体どこに……」

「いやあすまんすまん。日課のランニングで城壁の外周を回ってたのよ」


 そう言われてみると、魔獣の目の前に立つゼストさんは鎧を身につけていないどころか、剣も持っていない。動きやすい上下の服を来て、全身に薄っすらと汗をかいている。さっきまで生死の境のような窮地だったのに、そんな呑気なことを言われても困ってしまう。


「まーた出やがったか。俺のトレーニングの邪魔をするたあ、いい度胸じゃねえか。ああああっっ!?」

「そこですか……」


 丸腰の格好にも関わらず、ゼストさんは牛面の魔獣を威嚇している。

 そんな睨み合いの中、周囲の兵たちの声が上がる。


「隊長ぉ…………」

「すいません、俺たちじゃ無理でしたぁ……」

「申し訳ありません、ゼスト隊長……!」


 周囲では馬面の魔獣を相手していた兵が次々と倒れていく。何だろうこの既視感。


「お前らいい加減にしろよ……と言っても、これはちとまずいか。多勢に無勢だな」


 今まで魔獣たちを抑えていた兵たちが限界を向かえ、当然その相手の魔獣がこちらに向かってくる。ゼストさんと僕、そしてメイリンは馬面の魔獣に囲まれてしまう。


「ゼスト様、他の魔獣は私たちが相手を――」

「ほほう。久々に王国に戻ってみればとんだ騒ぎだ」


 広場に見知らぬ声が響く。

 今度は何かと声の方に顔を向けると、全身に立派な鎧をまとった騎士・・のような男が立っていた。全身に鎧を着込んでいるのにも関わらず何故か兜はかぶっておらず、さらさらの金髪が風になびいている。場に合わず真っ白な歯を見せながら笑っているその顔は、簡単に言えばイケメンだ。街の大通りを颯爽さっそうと歩いてこちらに向かってくる男の後ろには、避難していた住民のような人たちが何故かぞろぞろと付いて来ている。住民というか、全て女の人だ。


「ピンチかね? ゼスト・ジラールくん」

「テメぇ、マークス……散々勝手しといてこのタイミングで登場かよ」

「ははは。君は面白いことを言うね、ゼスト・ジラールくん。英雄ヒーローとは、ピンチに駆けつけるもの――だろう?」


 決め台詞のようなものを発したイケメン――マークスという名前の男は、そう言った後に分かりやすくウィンクを添えている。早くも若干キャラ・・・が分かってきた。

 中々に悠長なやり取りをしているなと思うが、周囲の魔獣たちも新たに現れた男に注目しているようで、何故か一時休戦のような状態になっている。さっきまでの緊張感が台無しだ。


「あっ、あれはマークス様!」

「何で王国にマークス様が……各地の魔獣を倒すべく闊歩かっぽしているはずなのに!」

「しかし、ゼスト隊長に、マークス様。これは……いけるぞ!」


 マークスさんの登場に、先程戦線離脱を宣言して地面を転がっている兵たちがにわかに沸き立つ。分かりやすく説明をしてくれるのは有難かったが、本当は元気なんじゃないかと思ってしまう。


「まあいい……というか、面倒だからお前とはあんま話したくないわ。こんな状況だ、手を貸せよ」

「王国のピンチに私が手を貸さないわけがない――だろう?」

「うるせえ、とにかくやるぞ」

「はいはい、君は相変わらずだね」


 ゼストさんにさっさと戦えと言われ、それに応じるように腰に下げた剣を引き抜く。細身の剣だが、業物なのだろう。鈍く光る剣は見るからに鋭そうだ。


「魔獣共!! 我が剣のサビとなるがいい!! ゆくぞ――身体強化ブースト、そして盾召喚シールド!!」


 マークスさんは前に兵士たちが使っていた能力アステルと、もう一つ魔術のようなものを口にした。しかし、詠唱をした様子はない。


「で、出たーー!! マークス様の第二の能力セカンダリ!!」

「マークス様が功績により称号・・と共に女神様に与えられたという第二の能力アステル……戦場を縦横無尽に駆け抜けたマークス様の力……まさか、こんな所で見られるとは!」


 僕の疑問は周囲の兵たちの反応が解消してくれた。

 能力アステルを複数持つなんてことは聞いたことはないが、きっとそういうこともあるんだ。もう難しく考えるのはやめようと思う。


「そしてこれで貴様らを屠る……ゆくぞっ! 華の騎士ローズ・バトラー!」


 マークスさんが剣を構えながらポーズを取り、叫ぶ。


 最早驚きもしないが、きっとあれも能力アステルなんだろう。

 何の意味があるのかは分からないが、能力アステルを使った後、どこからともなく舞い上がった無数の赤い花びらが、マークスさんの周囲に舞っている。


 能力アステルの名を叫んだ瞬間、マークスさんの後ろでおずおずと戦いの状況を見ていた住民――もとい女の人たちからも黄色い声が上がる。そういうことか。


「で、出たーー!! 第三の能力ターシャリだ!!」

「あれがマークス様が幾度となく戦功を上げた北の戦線で得たという――」

「あーもう五月蝿うるせえ!! さっさと戦うぞ!! お前らもいちいち反応すんな!!」


 またも沸き立つ兵たちにゼストさんの喝が入り、地面に転がる兵たちはしゅんとして黙った。ここに来てこの人が一番常識人に見えるとは予想もしない事態だ。


「全く相変わらずせっかちだね、ゼスト・ジラールくん」

「五月蝿えよ、お前はいつも前置きが長いんだよ! 俺はこの牛野郎を相手する。お前は他のをやれ!」

「やれやれ……私にそんな物言いをするのは君くらいだよ。しかし、そこが――」

「だからうるせえって! いくぞ!」

「はいはい……」


 一連のやり取りを終え、ゼストさんとマークスさんはそれぞれに敵へと向かう。

 これまでの流れを傍観していた魔獣たちは、改めてと言うように二人に牙を剥き襲い掛かってきた。

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