第42話 動かない足

 城門周辺に出現した魔獣を片付けた後、周辺の警戒のために数人の兵を残し、僕とメイリンは残った兵を連れて街の中心へと向けて駆けていた。城門に駆けつけた兵が言うには、中心部にはかなりの数の魔獣が現れているそうなので、急いでそちらに向かう僕たちにも緊張感があった。三体の魔獣にもかなり手を焼いたのに、それ以上の数がいたとしたらどうなってしまうのか分からない。


「急いでください! 街の中心にはほとんど兵がいないんです!」

「言われなくても急いでるわよ!」


 先行する兵士はかなり焦っているのが目に見え、僕たちにもその焦燥感が伝播する。城門から街の中心はそう遠くない。すぐに広場が見えてきた。


「あの数……やべえな」

「あれは――」


 すでに街に出現した魔獣の数が分かっていたスライが珍しく真面目な声を出す。

 前を走っていたメイリンが広場の状況を見て、息を飲んだ。広場にはざっと見て十体ほどの魔獣がいる。ほとんどがさっき倒した馬面の魔物だが、それより一回り大きい牛の顔をした魔獣――漫画に出てくるミノタウロスのような奴が一体いる。


「まずいわね――全員広場に突入! 敵を倒すことより人命救助を優先して!」

「「「はいっっ!!」」」


 メイリンの号令で兵たちは散開し、二人、三人が一組になり住民に襲いかかっている魔獣に向かっていく。

 指示を出したメイリンの方はと言うと、単身で広場を突っ切り、怪我を負って今にも倒れそうな兵に迫っていた馬面の魔獣に飛びかかった。接近に気付いていない敵の後頭部にドロップキック・・・・・・・を食らわせる。全速力で駆けた勢いが乗った蹴りを受けた魔獣は吹っ飛び、広場に面した店の建物へと突っ込んでいった。


「さて、と。アイツだけど……かなり強い魔獣よ。私でも倒せるか……」

「え、あの魔獣そんなに強いの?」

「ヤバいだろうなあ。体が破裂するんじゃないかってくらいの魔力を感じるわ」

「どういう状態だよ、それ……」


 早くも一体の魔獣を片付けたメイリンが眉を潜め、牛面の魔獣を見る。他の魔獣とは違い滅茶苦茶に暴れるようなことはしないが、向こうも鼻息を荒くしてこっちを見据えている。特に、一体の魔獣を片付けたメイリンを、だ。


「アイツ……私とタケルで相手するわよ」

「えっ、本気で言ってる? さっきメイリンでも敵うかどうかって――」

「他に相手できる人がいないんだからしょうがないでしょ、いくわよ」


 不穏な言葉を残し、メイリンはまた一人で魔獣に突っ込んでいった。


 どこで手に入れたのか、牛面の魔獣は手に巨大な斧を持っている。王国内にいた動物にパラサイトという魔獣が取り付いて出現した魔獣だろうから、その辺の店にある武器か近くにいた狩人ハンターが持っていたものだろう。馬のやつとは違って、人と同じような五本指の手で武器を握っている。人の背丈ほどあるサイズの斧だが、それを片手で軽々と扱うようにし、向かってくるメイリンを迎え撃つ。


 振り下ろされた斧は広場の石畳を砕くが、メイリンは横に飛びそれを避けた。


「――ったああああああ!!」


 真横から脇腹を抉るように突き出した正拳。

 しっかりと腰の入ったその一撃は確かに牛面を捉えたように見えたが、衝撃に少しだけ身をよじったくらいの反応を返す。


「くっ!」


 まるで『邪魔だ』と言うように横に振った斧を、メイリンが後ろに転がるようにして避けた。傍目で見ている僕にも風圧がきたように錯覚する。避けたメイリンも、思った以上に機敏な魔獣の動きに少し面を食らったようだ。


 僕に背を向けたまま牛面とやり合ってるメイリンだが、何とか避けているように見えるものの、叩きつけた斧が石畳を砕き、飛び散る石塊を身に受け、所々に裂傷ができ始めている。何とかすきを見つけては拳を叩き込んでいるが、大したダメージも与えられていない。

 魔獣の力は異常だ。馬面の奴など相手にならない。以前馬面の魔獣から一撃を食らい、為すすべもなく地面を転がったことを思い出す。あの一撃でも、それを防ぐために僕の魔術は解けてしまった。目の前の奴の攻撃を同じように食らったら、今度は本当に死ぬかもしれない。


 馬面の魔物を圧倒するメイリンの力を持ってしても、劣勢を脱することができない強大な力を持った魔獣。暴れまわる敵の攻撃を回避しているだけのはずなのに、広場は牛面の動きと共に破壊され滅茶苦茶になっていく。一人でそんな敵を相手するメイリンに危険が迫っているのは分かるが、僕の足は動かない。二人でかかると言ってくれたメイリンの言葉が頭に浮かぶ。


「お、おい! タケル! メイリンがやべえぞ!」

「す、スライ……?」

「お前、ブルってんのかよ! メイリンは散々お前の面倒見てくれたんだぞ!」


 懐の中から、『早くメイリンに追いつけ』とスライが声を上げる。

 スライの言う通りだ、と思った。散々僕の訓練に付き合ってくれたメイリンの窮地きゅうちに、僕は一歩も動くことができない。これじゃ魔獣との戦いの訓練をする前と同じだ。いや、同じどころか前より酷い・・・・・。少なくとも以前は敵の力量などは分からなかったが、それでも前に出ることはできた。


「タケル、お前勇者なんだろ! そんなとこでぼーっと突っ立ってるのが勇者なのかよ! メイリンもお前を勇者だと信じてくれた・・・・・・・・・・・・・だろうが!!」

「うるさいなあ、自分では何もやらないくせに……でも――でも、スライが正しい」


 懐から聞こえる叱責の言葉は、全面的に正しいと思った。

 ここでやらなきゃ意味がない。勇者どころか、男じゃない・・・・・


「やってやる……やってやるよ、くっそおおおおおおお!!」


 気持ちに反して全身に溢れる力で地面を蹴り、魔獣に向かっていく。

 目の前のメイリンは敵の攻撃を回避した後、飛び散った細かい石塊を顔に受けたのか足を止めてしまっている。斧を両手に持ち直し、メイリンに向かって次の一撃を構える魔獣の動きが見えていないようだ。


 メイリンに敵の刃が迫ろうとする瞬間、その間に割って入るように飛び込んだ。

 前とは違う。正面からくる敵の攻撃、今の僕なら見える・・・


「――メイリン、今行くよっ!」


 魔獣が振り抜いた斧を、両手でしっかりと持った剣で打ちつけた。

 ふっ飛ばされそうになる勢いを、両手の力で押さえ込み、耐える。


「何してたのよっ! 遅いわよっ!」


 今度は何で突っ込んでくるのかと怒られなかった。

 メイリンは僕の声を頼りに、僕と位置を入れ替わるようにして横に飛んでいた。


 剣と斧とがぶつかる衝撃に両腕が痺れるが、歯を食いしばってひたすら耐える。


「遅れてごめん! でも、これ以上は……ちょっと無理そう……」


 一応は受け止めた魔獣の攻撃だが、その勢いは留まるところを知らない。

 たった一合の攻撃を受けただけなのに、今にも弾き飛ばされそうだ。これじゃ何のために、自棄ヤケになって飛び込んだのか分からない。


「それだけやれりゃあ十分だ。よくやった、二人共下がってな」


 後ろから聞こえた低い声が僕の耳に届き、はっとなる。

 次の瞬間、牛面の魔獣が殴り飛ばされた・・・・・・・

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