第59話 巨竜を屠る刃

 巨竜――スィスモスが吐き出す熱線が止まるのと、ダリウスさんが崩れ落ちるように膝を地面に落とし、能力アステルによる防護癖が消滅するのはほとんど同時だった。へばり付くように少量の髪の毛が存在していたダリウスさんの後頭部は、今や毛一本も生えない――不毛の地と化している。


「なんとかしのいだが……ここまでか――」


 体に残されたもうこんを使い果たしたダリウスさんは、愕然と呟く。ダリウスさんの尊い犠牲もうこんにより、スィスモスの熱線を一時的に防ぐことはできたけど、敵は健在、こちらは地に堕ちたハゲが一人。次に攻撃を仕向けられたら、今度は守る術がない。


「くそっ、こんな所で我が祖国が――ローデンベルクがっ……」

「まだだ――」


 城壁の上、拳で床を叩くダリウスさんの方に、ぽんと手が乗せられる。


「ルシリウス、お前……」

「ダリウス。まだだ、まだ我が国は終わらんよ」


 さっきまで慌てふためいていた王様が、人が変わったような表情でダリウスさんに語りかける。かけられた言葉に、王様の顔を見上げるダリウスさんも、一体何の根拠でそんなことを言っているのだという表情だ。


「気休めはよせ、ルシリウス……もはや我らに戦う術など――」

「苦労をかけたな、ダリウス。お前の言葉で目が覚めた。思い出したよ、儂と、お前とで、幾多の戦場を駆け巡ったことを……」

「ルシリウス……」

「確かにお前の言うとおり、こんなもの・・・・・は国の危機でも何でもない。敵を倒せばよいだけだ。儂も齢を取った、ややこしく考える癖がついてしまったのだな」


 王様とダリウスさんの話が続く。巨竜スィスモスは未だ遠くに見えるが、次に攻撃を仕掛けてくるまでにはまだ時間がありそうだ。王様は言葉では巨竜を倒せばよいと言っているが、虚勢でもなさそうだけど非現実的なことを言っているように見えてしまう。


「ルシリウス、お前が戦うのか……?」

「愚かな儂だが、仮にも一国を背負う王族だ。こんな時に黙って見ていてどうする」

「しかし、お前の力では……」

「まあ見ておれ」


 王様はダリウスさんのもとを離れ、城壁の上に並び立つ兵の前に出た。

 そうして、一呼吸を置いた後、口を開く。


「――兵たちよ、この国の命運が決まる時だ! 運命に抗おうとするダリウスの勇姿ゆうしを見たか! 我が国の戦士ならば、戦って戦って、最後まで戦い抜くのだ! あんなもの体がデカいだけの魔獣と変わらん!」


 城壁の兵たちは王様に注目しながら、声を抑えてその言葉を聞いている。


「この、王国の危機に! 儂も剣を取って戦うと決めた! 儂一人になろうとも戦うぞ! 見ているがよい、儂の能力アステルを!」

「まさか……」

「噂にしか聞かないが、王様の唯一・・能力アステル……」

「女神様にこれといった称号を貰えなかったため、生涯をその能力アステルだけで、戦い抜いたという……」


 先程と似たような呟き――いや、さっきよりは少々情けない響きに聞こえるが、兵たちがざわめき出す。


「ゆくぞ、儂の能力アステル――王の尊厳キングス・ソード!!」


 巨竜スィスモスに向き直って王様が叫ぶと、手に持った剣からまばゆい光が立ち上り、その光が刃を描き出す。天を突くような長さを持った、光の剣だ。


「あれが……陛下の能力アステル……」

「なんと神々しい……まさに王族の力と言ったところか」


 流石に王様相手には気が引けるのか、マークスさんやダリウスさんの時とは違ったトーンの感想を述べる兵たち。そんな中、王様も声を張る。


「兵たちよ、さっきまでの勢いはどこへいった! 儂も褒め称えぬか!」


 王様の言葉に、互いに顔を見合わせる兵たち。躊躇しながらも、一人、また一人と王様に呼応するように声を上げる。


「で、出た――出ましたーーー!! 陛下の能力アステル王の尊厳キングス・ソード!!」

「自身の王国内での国民からの支持・・の度合いによって、その大きさと強靭さを変えるという、光の刃!! 最強の盾を持つダリウス様と共に、王国内の騒乱、他国との戦い、あらゆる戦場を駆け、砦を真っ二つにしたこともあるという、その力!!」

「若い頃に国民の血税を使って、愛人に貢いでいたことがバレた時には、ナイフくらいのサイズになったとも聞くが……この大きさ。民からの尊敬の現れか!」

「陛下万歳!! ローデンベルク万歳!!」


 兵たちが騒ぎ立てる声に、その光の刃はぐんぐんと大きさを増し――一瞬縮むこともあったが、眩く光を放った剣はまさに天にも届きそうな大きさになっている。


「さあ来い、巨竜スィスモスよ! 我が剣の前にひれ伏すが良い!」


 威勢よく声を上げ、剣を構えた王様は動かない。巨竜は、天高く伸びた剣の先を見上げているような仕草を見せている。


「ルシリウス……能力アステルで剣を出したのはよいが、ここで出してどうする」


 動かない王様にかかるダリウスさんの声。


「いや、なんかそんな雰囲気出したら向こう・・・から近づいてきてくれるかなって」

「そんな訳ないじゃろ……」


 申し訳程度に剣を振ってみる王様だが、遠く離れたスィスモスには勿論届く訳がない。二、三度試してみるが、何回やっても同じに決まっている。


「……ルシリウス」

「ダリウス……すまん、やっぱダメだった」

「…………お、終わりじゃああああ!! 馬鹿じゃったああああ!! ウチの国の王はやはりアホじゃったああああああ!!」


 城壁の上、ダリウスさんの叫び声だけが響いている。

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