第60話 城壁ダイブ

 ダリウスさんの絶叫が響き渡る中、スィスモスは依然こちらの方に顔を向けている。

 異常なまでの巨体をゆっくりと動かし、周囲を伺っているようだが、いつまたあの山を吹き飛ばした熱線をこちらに向けてくるとも限らない。


「――ダリウス様、範囲防護エリア・プロテクションの準備が整いました!」

「ようやくか。取り乱している場合じゃありませんぜ、ダリウス殿! こちらから打って出ないとらちがあかない」

「ゼスト殿……」


 魔術師らしき人物が、魔法陣の準備が終わったことを叫び、ゼスト殿も取り乱すダリウスさんの体を抱き起こしている。横で苦笑いをする王様はスルーだ。


「そう……そうじゃな。範囲魔術の防御があれば、何度か持ちこたえることはできるだろう。しかし、こちらから攻撃するにしても……あの巨体。大規模魔術くらいしか攻撃方法がなさそうに見えるが、城の防御から魔術師たちを動かすわけにもいかん……」


 早くも気を取り直したダリウスさんがうなる。問題は、敵の大きさと遠さ、そして敵の攻撃のリーチの長さ・・・・・・だ。あんな遠くから山を吹き飛ばし全焼させるような攻撃をしてくるような敵、この距離ではこちら側はどうにもならないのだろう。


「行く奴がいないんだったら、俺が乗り込んでやるぜ」

「ゼスト殿……そりゃあ無茶じゃ……」


 絶望的状況にも関わらず、ゼストさんはいつもの調子を変えない。今にも走り出してあの巨竜をぶん殴り・・・・に行くと言わんばかりの勢いだ。さすがに現実的ではないとダリウスさんが止めるが、その場の皆がそう思っていただろう。


「一体、どうしたら……」


 横に立つメイリンも、打つ手なしの状況に顔を伏せてしまう。ゼストさんの言葉は無茶だけど、確かに城にいても攻撃を凌ぐしか手がない。


「無理なことがあるか! こんな所で二の足踏んで立ってても死ぬだけだ! 俺はそんなのゴメンですぜ、一人でも突っ込んでいってやる! おい、マークス! マークスはいないのか! あの竜をぶん殴りに行くぞ!」

「ゼスト隊長……マークス様は先程王国を発たれました」

「なんだと?」

「マークス様よりご伝言です。『君と肩を並べて戦うことは魅力的だったけど、東の方から民が救いを求める声が聞こえてきたので私はおいとまするよ、ゼスト・ジラールくん。この次があったら、また一緒に戦う――』」

「あの野郎!! 逃げやがったな!!」


 ていのいい言い訳だということは言うまでもない伝言に、ゼストさんがブチ切れている。マークスさんさっさと先に逃げたという事実に、周りの兵の表情も暗い。


「くそが……まあいい。一人で行ってやる」

「ゼスト殿、だから無茶じゃ……」

「無茶かどうかは試した後に分かりますぜ。ダリウス殿は、城をよろしく頼みます」

「聞けぬというか……ゼスト殿のことじゃ。ホントに巨竜を殴り倒すかも知れないの」

「元よりそのつもりですぜ」


 ゼストさんが城壁の先に立ち、ダリウスさんに別れのようなものを告げている。

 止めなくちゃいけない。あんな馬鹿デカい竜に単身で戦いを挑むなんて、自殺なんて言葉すら馬鹿らしく思えるようなことだ。周囲もゼストさんを止めようという思いがあるのだろうが、止めて止まるような人ではない。


 そんな中、自然と足が前に出てしまった。


「ゼストさん、僕も行きます・・・・・・


 口から出たのは、自分でも驚いてしまうような言葉だった。


「タケル殿、そなたまで何を……」

「今がこの国の危機で、僕がそのため・・・・・に呼ばれたのなら、できることがきっとあるはずです。行かせて下さい」


 ぽかんと僕の顔を見るダリウスさん。ゼストさんも同じような顔を見せたが、次第に口角が上がり、大笑いをし始めた。


「ははっ――がーっはっは! いいぞ、タケル殿。それでこそ勇者だ、共にゆこう!」

「あ、いや……その……」


 がっしりと肩に手を回してくるゼストさんに潰されそうになる。


「善は急げだ、このまま・・・・行くぞ。出し惜しみはなし、最初から全力・・だ。いくぞ、俺専用強化パワフル・ゼスト――そして、俺専用超強化マキシマム・ゼスト!!」


 強化の能力アステルを使ったゼストさんが、更に僕が聞いたことのない能力アステルを使う。そして、そのまま僕の体を抱えたまま、城壁の端に駆け、跳んだ・・・


「で、出たーーーー!! ゼスト様の第二の能力セカンダリ俺専用超強化マキシマム・ゼスト!!」

「強化の能力アステルに更に強化を重ね、ただでさえ人間離れしたゼスト隊長のその力が強化され、もはや人間に止めることは不可能! 体にとんでもない負担をかけるため、使用後は三日三晩みっかみばん寝込むという――――」


 ゼストさんと共に、空中に放り出された僕は落下を始める。後ろの方で騒いでいる兵たちの声がどんどんと遠くなっていく。城壁の、かなりの高所にいた僕たちだが、ゼストさんは平然と飛び降りた。


「うわああああああああ!! なんで飛び降りるんですかあああああ!! 普通に行けばいいじゃないですかああ!!」

「こういうのは勢いだ、タケル殿!」

「タケル、ゼスト様! 私も行きます!」


 落ちていく中、からメイリンの声が聞こえてきた。僕たちが飛び出した直後、メイリンも宙に身を投じたのだ。


 見上げた僕の目に、メイリンの困ったように笑う顔が見えた。

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