第61話 スィスモスの咆哮
落下の勢いは増して、ぐんぐんと地面が近付いてくる。
「うわああああ、落ちるうううううう!!」
「タケル殿、黙ってろ――舌を噛むぞ」
ゼストさんの言葉に、しっかりと口を閉じる。その後すぐに、ずんと伝わってくる重い衝撃。脇に抱えられた僕だが、ゼストさんは地面を
「――
その直後、同じく落下してきたメイリンが魔術のようなものを唱え、僕の横に柔らかく着地する。接地する直前、落下の勢いが著しく弱まったように見える。風の魔術なんてあったんだ。
城壁の上に、見下ろすダリウスさんのような姿があるが、かなり小さく見えるそれが誰なのかイマイチ分からない。魔術や
「さて、こっからは全力で走るぞ」
「ま、待って下さい! ゼストさんに全力で走られたら付いて行けないです!」
「仕方ねえなあ」
「ちょ、ちょっと、ゼストさん!」
またも僕はひょいとゼストさんに小脇に抱えられた。
「メイリン、お前は走れるな」
「はい」
「よし、行くぞ」
「ちょっと待って下さい――ぶわああああああああっ!!」
ぐんと前に引っ張られるような感覚。
僕を抱えたゼストさんが走り出したのだと気付くのに一瞬の間があった。前方から押し寄せる風が顔面に叩きつけられる。まるで高速道路を走る車の上に括り付けられているような気分だ。そんな経験はないんだけど。
走っているとは思えない速度で駆けるゼストさん。そんな速さで移動する僕の視界に映る古竜――スィスモスは、やはりかなり遠くにいるようでその距離がまるで変わらないように見える。遠近感が狂ったような気がしてしまうが、後ろからはゼストさんと変わらぬスピードでメイリンがついてくる。
「タケル殿、敵の真下まで行くがいいか」
「え、そこまで行ってどうするんですか?」
「勿論、ぶん殴ってやるんだよ!」
「えええ……」
さっき言っていたのは本気だったのか。
しかし、顔の大きさだけでもそこらの建物なんかより遥かに大きい。山を、亀の甲羅のように背負っている竜なのだから当たり前だ。まずあの顔の部分に辿りつけないように思えるが。
「カ゛ア゛ア゛ア゛、ユ゛ウ゛イ゛――」
そんなスィスモスが再度口を大きく開き、またも口腔内に赤い光が収束しているのが見える。それがすぐにカッと光り、熱線が僕たちの左上空を通過し、もの凄い速度で城の方に向かっていくのが見えた。
「野郎、馬鹿みたいにボンボンと……」
「ゼスト様、大丈夫です!」
城の方を見ると、さっき見たダリウスさんの
「流石だぜ、ダリウス殿。こっちも負けちゃいらんねえな!」
城の無事を確認したゼストさんは、速度を上げる。段々と顔に叩きつけられる風に慣れてきたのでスィスモスの方に顔を向けると、かなり近づいてきているように見えた。
そんな中、さっきの咆哮――魔獣の群れを消失させた時に聞こえたものと同じ古竜の声が少し気になった。悶えるような声。敵などいなそうな、あんな巨大な竜が苦しげな声なんて出すだろうか。
「ゼストさん! 申し訳ないんですが、竜の足元まで行ったら戦うのを少し待ってもらえませんか!」
「タケル殿、何か言ったか!」
「だから竜の足元まで行ったら、僕に少し時間を下さい!」
「分かった! すまんすまん、あの馬鹿デカいやつの声がうるさくてな」
地鳴りのように響くスィスモスの声の音がでかく、脇に挟まれた僕の真上のゼストさんの声ですら聞こえづらい。
「ねえ、念信って
「あそこって、あの馬鹿デカい竜のことを言ってんのか? 通常ならあれくらいなら届くが、あの竜からはもの凄い量の魔力が際限なく漏れ出している。それに遮断されちゃってとてもじゃないけど届かないわ」
「竜に、念信自体が届かないってこと?」
「まあかなり近づけば届くかも知れないが……ってタケル、何のつもりだ?」
かなりの距離を飛ばすことができると言っていたスライの念信だが、あそこまでは飛ばないらしい。だが近寄れば――
城を出て、それからしばらく駆け続けたゼストさんはようやく古竜の足元にたどり着く。古竜が動かないため危険はないと、かなり近くまで来ていた僕たちだが、ほぼ真上に顔を向けないとその顔が見えない。
「それで、どうするんだ。タケル殿」
「すいません、試したいことがあって……」
真上に見えるスィスモスの顔。こちらに気付いていないのか目を向けすらしないが、その顔に向かって大声を出す。
「すいませええええええええん、話をできませんかあああああああ――」
「フ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――――」
僕の叫びは、またも放たれた熱線の音とスィスモスの声に阻まれた。
「……何をしてるんだ、タケル殿……」
ゼストさんが困惑した表情で僕の行動を見ている。メイリンも同様だ。
「……スライ、ここからなら届く?」
「届くと思うが……まさかタケル、あの竜と話をしようなんて思ってるのか?」
「一応、そのつもりだけど」
「無理だと思うけどなあ。話をできる魔獣――あれは魔獣じゃないが、そんな奴は限られてる。まあ試してみな。普通に喋ればいいさ。そのまま俺が念信で飛ばしてやる」
「うん、ありがとう」
懐から聞こえるスライの声も、若干僕に呆れているように聞こえた。あんな暴威を振るう巨竜だ。仮に話ができたとしても、踏み潰されて終わるかも知れない。
「すいません、話をできませんか?」
前に進み出て、スィスモスの顔を見上げながら声を出す。反応はなく、やっぱりダメかと諦めかけた瞬間、頭の中に声が響いた。
『ああ
聞こえた声は甲高く、一瞬何事かと思ってしまった。
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