第62話 沈む山

『ボクに話しかけるのは誰だい?』


 頭の中に響いた声は、そう言っていた。


「ねえ、スライ……」

「言いたいことは分かる。が、タケルに聞こえているのはあの竜の声、で間違いない」


 まさか巨竜がそんな軽い感じに返事をするとは思わなかったので戸惑ったが、スライが言うにはスィスモスが返してきた声、ということだ。思惑通り話が通じたまではいいけど、意外な状況に一瞬止まってしまう。


「そ、そう――――あの、僕の声が聞こえていますか? 話がしたいんですが」

『やっぱり聞こえるなあ。これが、スライムの念信? 話ができるスライムなんて珍しいなあ。竜語は分からないはずだけど』

「いや、僕は人間です」

『人間! 驚いたなあ。どこにいるの?』

「ここ、ここです! 足元です!」


 頭上のスィスモスの頭が、ゆっくりと足元の地面を見回すように動き、僕たちの方に向いた所で止まった。


「呆れた……古竜と話すなんて……」

「な、なんだ? タケル殿が古竜と話してるのか?」


 スィスモスがこちらを向いたことにより後ろのゼストさんとメイリンに緊張感が走ったように感じたが、メイリンの嘆息気味の声も聞こえる。ゼストさんには念信を共有していないのか、話が聞こえていないようだ。


『ああ、いたいた。キミたちはちっちゃいから目を凝らさないと見えなくて。それで、ボクに何か用?』


 巨竜のゴツゴツとした厳つい顔、それに見合わぬ声も相まって、見据えられると緊張する。機嫌を損ねたら踏み潰されそうだ。


「用っていうか、あの――僕はタケルと言います。すいません、お名前は……」

『ボクの名前はスィスモスだよ』

「そうですか……あの、スィスモスさん。口から出してる熱線? って言うのか分からないんですけど、それ出すのやめてもらえませんか?」


 怖いには怖いけど、思い切って城への攻撃をやめてくれと言ってみた。


『あー、出ちゃってたね。なんだか寝起きだと、どうも出がち・・・・・・。あはは』

「城を攻撃してたんじゃ……?」

『何のこと? あ、もしかしてあの山みたいなやつ、人間が住んでる所だった? ごっめーん、岩の塊だと思って別にいいやと思っちゃってた』

「あ、それ……それです。すいませんが、みんな怖がってるんで……」

『ごめんごめん。やばいなと思ったら上向いてやるよ』


 軽いノリでスィスモスが攻撃の停止を快諾してくれた。というか、話を聞いていると攻撃しているつもりもなかったらしい。今頃、城壁で怒号をあげながら防御の準備を続けているだろうダリウスさんを思うと、何とも言えない気持ちになってしまう。


 山を蒸発させるような熱線を、くしゃみ・・・・みたいに言われてもと思ってしまうが、今は話を続けよう。


「それで、何でスィスモスさんは目覚めたんですか? 何か問題でも――」

さん付け・・・・やめてよ。固い話し方もイヤ』

「は、はい――うん。分かった、やめるよ。それで――」

『いやあ何かここ最近全身が痒くて痒くて、思わず目が覚めちゃったんだよ。なんか全身にちっちゃいの・・・・・・が這い回ってる感じ?』

「痒い……? 全身に……?」


 どうやらスィスモスは、何百年毎に復活を遂げる伝説の竜なんかではなく、寝心地が悪くて目が覚めたという。スィスモス――山に何かが這い回るという話が、気になった。


『ここ最近なんだよねえ。最初はちょっと気になる程度だから放っておいたんだけど、いい加減痒くてしょうがなくてさあ。キミ、何か知らない?』

「山にここ最近、何かが増えた――――もしかして……」

『あれ、何か分かっちゃった感じ?』


 ここ最近、スィスモス山に何かが増えたと聞いて、もしかしてと思う所があった。しかし、スィスモス――古竜が今のままだと、手出しができない。


「多分だけど……ねえ、今みたいに起き上がらないで――いつもみたいに山みたいになることはできる?」

『寝っ転がれ、ってこと?』

「そうそう。その痒いってやつ、もしかしたら解決できるかも知れないんだけど、僕たちじゃそこまで上がってくのは無理だから、いつもの状態にして欲しいんだ」

『オッケー、そういうことならお安い御用だよ。悪いね、お願いしちゃったみたいで』


 そう言ってスィスモスはゆっくり身震いをする。まさか、今しゃがもう・・・・・というのか。


「ちょ、ちょっと待って! 今しゃがまれると僕たちがやばいって!」

『ん? ああ、そっか。ちっちゃい生き物は大変だなあ』

「メイリン、ゼストさん……スィスモスが一旦、引いてくれるらしいので後ろに下がりましょう」

「あ、ああ……というか、タケル殿。古竜と話をしていたのか?」

「後で説明するので、その話は後で……」

「分かった……」


 腑に落ちない顔をしているゼストさんに声をかけ、三人でスィスモスに潰されないように後ろに下がることにした。城の方に戻ろうとした時、後ろから再度声がかかる。


『ねえ、痒いの何とかしてくれるってやつ、時間がかかる?』

「多分だけど、数日――下手したら一月ひとつきくらいは……」

『そっか。まあそれはいいんだけど、その間暇だから顔だけは出しておいていい? 久々に話ができる人がいるんだし、タケルとお喋りしたいな』

「い、いいよ……」

『やった、それじゃあね!』


 僕たちが城に戻っていく間、轟音を立てて、山が元の姿に戻っていくのが見えた。

 一つだけ違うのは、山のふもとに位置する場所に、スィスモスの――丘のような大きさの古竜の頭がでんと存在している点だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る