第58話 鉄面皮《デスパレート・ウォール》

 土も木も、全てが吹き飛び燃え上がる山。

 メイリンが紅葉を楽しみにしていた山が、皮肉にも赤々あかあかと燃え上がっている。王国からさほど距離のない、近場とも言えるトシラキア山。巨竜の熱線によって牧歌的な風景から一転、一言で言えば惨状だ。


「誰だよ……守り神様とか言ったの……」

「お、俺じゃねえよ……」

「嘘つけお前だろ」

「俺じゃねえって、お前だろ!」


 その牙の鋭さを見せた巨竜に、さっきまで沸き立っていた兵たちが現実逃避をするように責任の押し付け合いを始める。驚くべき変わり身の速さだ。


「ダリウス様、あの竜は……」

「うむ。信じ難いが、かすかに記憶にある。この国――ローデンベルクの建国ほどの古い時代の文献に記載があったような気がする。確か――かの山に、大地を揺るがし燃やし尽くす厄災・・の力を持った、古竜スィスモス・・・・・・・を封じる。そう書いてあったと記憶している」

「古竜……スィスモス……『山守やまもりの国』とはそういう意味なのね……」


 メイリンがダリウスさんと話をしている。悠長にお喋りをしている場合じゃないのは重々承知だろうが、得体の知れない敵の出現にたまらず、という感じだ。話に出ていたスィスモスという名前。山の名を冠する竜――ではなく、竜の名を冠する山、ということ。つまりローデンベルクの国自体が、『山を守る・・・・国』ではなく、『山から人々を守る・・・・・・・・国』だ。


 合点がてんがいったとは言え、状況が変わった訳ではない。巨竜――スィスモスは、トシラキア山を吹き飛ばした後、大きく開けた口腔内を今度はこちらに向かって見せている。あの向きでまた熱線を吐かれたら、今度は山ではなく城ごと僕たちが・・・・・・・吹き飛ばされる。


「――ダリウス様っ!」

「いかん……いかんぞ! 範囲防護エリア・プロテクションの魔術の準備はどうなっておる!」

「――――無理です! 攻撃準備をしていたので、急ぎ魔法陣を敷き直していますが、間に合いません!」

「くそっ――こうなったら」


 スィスモスの口内に、チリチリと赤い光が見え始め、今まさに熱線を向けてこようという様相だ。ダリウスさんが、防御用の魔術を展開しようとしているのは分かるけど、その準備も間に合わない。


「だ、ダリウス……どうすれば……」

「ルシリウス……ええい、お前はいつからそんな逃げ腰になったのだ!! こんなもの、これまでの国家の危機に比べたら屁でもないじゃろう!!」

「これはどう見ても一番の危機だろ――」

「うるさいわい! お前はこの国の王! そして儂はその横で国を支える者じゃ! ルシリウス、お前が何もしないんじゃったら、儂一人で守ってやるわい! そこで指をくわえて見ておるがよい!」


 すがり付くような王様に叱責を入れ、ダリウスさんが城壁の上で、スィスモスに向かって仁王立ちをする。ダリウスさん一人、魔術か何かであの熱線から城を守ろうとでも言うのだろうか。どう考えても無茶だ。


「ダリウス様、防護の魔法陣なしでは無理・・です……!」

「黙っとれい! このダリウス……『王国の守護者・・・・・・』の名は伊達ではない所を見せてやる! お前らは下がっとれ!」

「ダリウス様……」

「まさか、封印されたというあの力を――」


 周りの兵や魔術師に叫ぶダリウスさんの圧に、周囲も一歩引く。


「タケル、やべえ。来るぞ」

「スライ……来るって、あの熱線……?」

「もう魔力の集中が振り切れてる感じだ、時間が――」


 懐の中からスライが警告してくる。

 こちらに向いたスィスモスには赤黒い光が集中しており、今まさにその力を解放しようという様子だ。


 一人前に出たダリウスさんは、静かに両手を前に出す。


「フ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――――」

「来いやああああ!! 見ろ、儂の力――鉄・面・皮デスパレート・ウォール!!」


 咆哮と共に口内から溢れ出す巨竜の力。熱線。真っ直ぐにこちらに――この城へと向かってくる。

 しかしダリウスさんの叫びと共に、城壁を包み込むように現出した透明の壁・・・・のようなものが、立ちはだかる。


 その壁に突き刺さるように向かってきた熱線だが、どういう原理か壁は熱線を防ぎ、その力が拡散することもなく壁に吸い込まれるように消失していく。


「で、で、で……出たーーー!! ダリウス様の第二の能力セカンダリ鉄面皮デスパレート・ウォール!!」

「あらゆる攻撃を広範囲の防壁で完全に無効化するという、防御に関してはほぼ無敵・・・・のその力!! あまりに強大な力であるが故、自身の毛根を犠牲サクリファイス――引き換えとするため、ダリウス様も封印したと聞いていたが、こんな所で!!」

「しかし、能力アステルの使用中、秒間で千本分の毛根が死滅すると聞く。ダリウス様の残された力、果たして持つのか――――」

「お前ら、騒いでないで今のうちに魔法陣の準備をしろ!!」


 スィスモスの熱線は続くが、ダリウスさんの防護壁が完全にそれを防いでいる。

 割りと最近似たようなノリを見たような気もするが、周りの兵たちもその光景を見て沸き立つ。必死に能力アステルを維持している様子のダリウスさんが怒号を上げると兵たちが散っていくが、ダリウスさんの後頭部にのみ残された僅かな毛も、はらはらと散っていく。


「ダリウス様――――うっ」


 そんな姿にメイリンも口を押さえて俯く。

 必死なダリウスさんの表情、危機的状況が変わらないのは重々承知だが、なんだろうこの感じは、と思ってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る