第57話 山を割り現れた者

「な、なんだこの揺れは――敵の攻撃かっ!?」

「いや、これは――――地震だ! ルシリウス、見ろ。北の山が――」


 開戦の時を待っていた僕たちを襲ったのは激しい揺れと、そびえ立つ山が隆起していく光景だった。急に地面が沈むような感覚の後の揺れ、戦いのために焚かれた篝火かがりびが倒れたり、城壁の一部が崩れたりと、あちこちで混乱が起きている。これは紛れもなく地震だ。


「なんでこんな時に地震なんて――」

「女神様の怒りだ!!」

「落ち着け、敵は今も迫ってるぞ! 混乱をおさめろ!」


 周囲では色んな言葉が飛び交っている。

 山が隆起するほどの大地震、周囲の混乱を見る限り、この世界では地震自体がめったに起きるものじゃないんだろう。島国育ちの僕ですらここまでの揺れは今までの人生で体験したことがない。


 揺れは中々収まらず、微弱な震動を繰り返している。


「いや、違う――――あれを見るんじゃっ!!」


 そんな中で、冷静さを保っていたダリウスさんが声を上げた。

 ダリウスさんが指し示した先、城から見て北西側にスィスモス山がある。地震によって隆起したように見えた遠くにあるその山は、そのすそあたりの地面からのようなもの、そしてめくれ上がった大地の中からのようなものを見せた。


 皆が地震だと思ったその揺れは、遠くに見えるスィスモス山を背中に乗せた、途方もなく巨大な生き物が、地面を割って現れたことによるものだった。


「あれは――竜?」


 未だ揺れも収まってはいない。誰しもが言葉を失う中、王様が口にした言葉は間抜けな響きに感じた。

 竜? 魔獣という存在がいるこの世界で、今更そんなことを考えるのも馬鹿馬鹿しいが、竜なんて存在がいるのか。しかも巨大な山を背負うようなサイズの竜など、存在していいものなのか。


「古竜…………なのか…………?」


 王様の言葉に応えるわけでもなく、ダリウスさんも唖然とした様子で呟く。とにかく、その大きさがデタラメだ。スィスモス山は、僕も間近で見たけど、かなり大きい部類の山だ。このお城――どころか城下町も含めたこの王国よりも巨大だ。


「メイリン、何……あれ?」

「わ、私に分かる訳ないでしょ!」

「そう……だよね」


 僕もついいつものようにメイリンに声をかけてしまったが、馬鹿な質問をしてしまったとすぐに後悔した。周りの面々、王様やダリウスさんですらその存在に驚愕しているような巨大な竜、何者かと問うても分かるわけがない。


「――カ゛ア゛ア゛、カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ユ゛ウ゛ウ゛イ゛――――」


 鳴り響く轟音に、誰しもが耳を塞ぐ。

 山――巨大な竜とはかなりの距離があるのに、空に向かって吠えた声はものすごい音だ。地鳴りなんて比にならない。自分の体や周囲の建物が振動するほどの音だ。


「お、終わりだ……もうこの国は終わりだ……あんな竜、勝てっこない……北の蛮族なんかじゃない、きっとアレ・・が国を滅ぼす者なんだ……」


 誰かは分からないが、そんなつぶやきが聞こえた。

 山を割って現れた圧倒的な大きさの竜、見ると王国に向かってきていた遠くに見える魔獣の群れや敵の軍勢も足を止めているように見える。僕たちと同様に、突如現れた天災・・のような存在に、呆然としているのかも知れない。


「ま、待て――あれを見ろ!」


 皆が茫然自失ぼうぜんじしつとする中、またもどこからか声が上がった。

 巨大な竜が、その首を魔獣の群れの方に向け、口腔こうくうを開く。それだけで小さな丘ほどの大きさがある顎が下がり、まるで獲物を捕らえようとするかのようだ。


「オ゛、オ゛オ゛ハ゛エ゛ラ゛――――カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 再度とどろく、竜の吠声。

 咆哮ほうこうと共に、その開け広げられた口腔内が赤く光ったと思ったら、真っ直ぐに伸びた光の線が魔獣の群れとその後ろにあった森を包み、一瞬遅れてその周辺が火の海になった。


 竜が吐く熱線ねっせんにより、かなりの数がいたはずの魔獣の群れがまばたきの間にちりと化す。竜の出現がなければ、この後王国に攻め入ってこようとしていたその敵が、だ。


「魔獣が……」

「なんだあの炎は。とてつもない威力だが……」


 魔獣の群れが一瞬で消失したこと、竜が吐き出したとてつもない威力の熱線のこと、周囲では思い思いの声が上がる。僕たちの敵であるはずの魔獣が結果的に片付けられ、一体どんな反応をしていいのか分からないのだ。


「もしかして……あの古竜は女神様の使いなんじゃ……」

「確かに。魔獣どもを蹴散らしてくれた……まさかこの国の守り神なのか……?」

「そ、そうか……守り神様か!」


 兵たちからはそんな声が上がる。

 そんな声に後押しされて――いるわけではないが、王国に向かっていた敵軍の塊は、目の前の光景を見てか、北の方に戻っていくような動きを見せる。


「見ろ! 敵の軍が撤退していくぞ!」

「おお、やはりあの竜は守り神様か! 蛮族どもめ、ざまあみやがれ!」


 魔獣が消し飛び、敵軍が撤退していく光景に、城壁の上では歓声が上がり始めていた。自らの熱線で魔獣を吹き飛ばしたことを確認したからか、巨大な竜は顔の向きを変え、こちらの方角に顔を向ける。兵たちはそんな竜を迎えるように歓声を上げた。


「守り神様!!」

「万歳!! 守り神様ばんざーーい!!」

「うおおおお、ローデンベルクに栄光あれ――――」

「ク゛、ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」


 再び、口を大きく広げる竜。

 その口腔内がまた光ったと思った次の瞬間、ものすごい勢いの熱風を感じた。


 何が起きたのかと見ると、竜が放った熱線が僕たちの――城の横を通り過ぎ、その先にあった山に直撃する。


 木々が色づき始めていたその美しい山――トシラキア山は、爆砕・・した。

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