第28話 神官は検証に夢中

「ふむ、そういうことか。実に興味深い……実に興味深いぞおおおお!! のう、メイリン!?」

「は、はい。ダリウス様」


 僕の部屋に駆け込んできたダリウスさんに手を引かれ、僕たちはダリウスさんの自室である研究室のような部屋に連れてこられていた。僕たち、と言ったのはスライも一緒だからだ。


「爺さん、そんなに珍しいのかい?」

「珍しいなんてもんじゃないわい。魔獣が女神様より能力アステルを賜るなんてことは前代未聞・・・・じゃ。それにこの魔獣――」

「魔獣はやめてくれって、『スライ』って名前にしたんだから」

「あ、ああ。すまんかった。それにスライが言う、念信・・というものも興味深い。昔から、スライムという魔獣に近寄ると『頭痛が起きる』『恐怖心が湧き起こる』なんてことが言われていた。最近の研究じゃと魔獣だけが扱う魔法の一種と考えられておるが、その原因がスライムという魔獣の意思疎通の手段による影響だったと言われれば納得できる。これは世紀の大発見じゃ」


 研究室に僕らを連れ込んだダリウスさんは、意外にも僕たちが魔獣を国の中に入れたことには一切触れず、スライが女神から貰ったという能力アステルとスライムの生態に夢中の様子だ。

 ちなみにスライが身につけたものが能力アステルであることは、すでにダリウスさんが確認済みであり、その能力が『信頼関係のある人間の意識や思考を、念信によって他者に伝達することができる』ものであることが分かった。その能力を身につけたことで何故メイリンやダリウスさんに、僕だけが理解できるはずのスライの言葉を伝えられるのかはまだピンとこない。


「ダリウスさん。すいませんよく分からないんですが、念信で伝達できるようになると、何でメイリンとかにスライの言葉が分かるようになるんですか?」

「うむ、いいところに気がついたな。流石はタケル殿――それが勇者たる所以ゆえんということか」

「いや、そこで褒められても……」

「そうじゃな。これは儂の仮説じゃが、恐らくはこういうことじゃろう。スライが念信でタケル殿に伝えた言葉を、タケル殿が完全言語理解マルチ・リンガルで理解する。その後、スライが身につけたという能力アステル――幾ばくの友バック・ドアー・エンパシーを使ってタケル殿から、その情報を受ける。その受けた情報を、儂らなんかの他者にそのまま伝達している、と考えれば納得もいく」

「は、はあ……よく分からないですが、何となく分かった気がします」


 目をらんらんとさせたダリウスさんが自らの考証を述べるが、話が難しくてイマイチピンときていなかった。詳しく聞いてもあまり理解できる気がしないので適当に話を済ませようとしてそう言っておく。


「うむ、検証が必要じゃな。タケル殿、すまんがちょっと外に出ててくれないか?」

「え、外に? 何でですか?」

「いや、スライが儂らに言葉を伝えられることに、タケル殿の力が関連しているかがそれで分かるじゃろう」

「なるほどなあ、爺さん頭いいんだなあ」

「口はちょっと悪いが、話が分かるスライムじゃな」


 話を終わらそうとしたのだが、活き活きとした様子のダリウスさんは検証のために僕に部屋を出ろと言う。スライも口を挟むが、なんとなくスライとダリウスさんが意気投合しているような気がする。


「それではタケル殿、外に出てくれ。スライはずっと念信で適当に話をしててくれ。そうじゃ、念信とはどれくらいの距離届くもんなんじゃ?」

「うーん、どれくらいかは今まで考えたことないからなあ。気合入れれば結構遠くまで飛ぶけど」

「何とも便利なもんじゃな。なるほど、スライムはそうやって遠くにいる個体同士と意思疎通をしているのか――ってそれは今はどうでもよかったな。とにかく、タケル殿は部屋から出て遠くまで歩いていってくれ。スライは、普段通りの念信で話し続けてくれればいい」

「おっけー、まあ念信が届いたかは俺の方でも分かるよ」

「なんと、それはすごい」


 外に出ろと言いながら話を続けるダリウスさん。

 僕はどうしたらいいのか分からず、部屋の中で気まずく立っている。


「あの……僕はもう外に出ていいんでしょうか……?」

「なんじゃ、タケル殿まだいたのか。外に出ていってくれ。スライの喋り声が聞こえなくなったら戻ってきてくれ」

「分かりました……」


 ダリウスさんの興味が完全にスライの方に向かっているからだと思うが、なんとなくないがしろ・・・・・にされているような気がして、何とも言えない気持ちになる。

 扉を出て廊下を歩くが、スライの話し声がまだ聞こえている。天気の話だとか、最近なわばりにしてた所を別の魔獣に追い出されて困っているとか、たわいのないスライの話が続くが、そんな声を聞いていると確かに便利だなと思う。

 長い廊下の先まで歩いていくと、ようやくスライの声が聞こえなくなった。そこから少しだけ更に奥に進み、完全にスライの声が聞こえなくなったことを確認してから、部屋の方に戻る。ダリウスさんの部屋に近づいていくと、また世間話のようなスライの声が聞こえてきて、念信が届く大体の距離も分かった。


「戻りました……どうでした?」

「タケル殿、すごい……すごいぞ、これは。確かに、タケル殿がいないと意味は理解できないようだ」

「そうですか……良かったですね」

「しかし、スライの言う念信というものは本当じゃ。タケル殿に念信が届いていない間、雑音のような感覚が頭に響いておったわ。さっきの儂の仮説は当たっていたということじゃろう。これは、大発見じゃ……大発見じゃああああああ!!」


 ダリウスさんの部屋の中に、部屋の主の声が響き渡る。

 大興奮のダリウスさんの姿に少し引いてしまうが、横で黙っているメイリンも同じような表情を浮かべており、スライも表情はないものの、似たような気持ちなのかなと思った。

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