第65話 役目を終えて

 国中の兵や狩人ハンターが集まっているんじゃないかと思うほどの人数で行った魔獣狩りは、三日目にして全てのディグドッグの駆除が完了したらしい。ダリウスさんが、魔獣の存在を探知できる能力アステルを持った人を使って確認したと言うので、間違いないだろう。


「スィスモス、調子はどうかな?」

『うん、すっごくいいよ。全身がスッキリした感じ』

「それじゃ、もう……そろそろお別れかな」

『そうだね。随分話したから疲れちゃった。そろそろ寝ようかな』


 短かったような長かったような、巨竜と話すという妙な経験をしたものの、スィスモスは再び眠りにつくと言う。流石に三日をぶっ通しで友達のように話していると、大きさも過ごす時間も違う相手だとしても、嫌でも親近感が湧くものだ。少し寂しいような気持ちで、スィスモスを見送っていた。


「そっか、少し寂しいな」

『ボクも。あ、そうだ――これをあげるよ。別に寝てなきゃいけない訳じゃないけど、一度寝ると当分――多分、タケルが生きてる内は起きないと思うから、ボク』


 思い出したようなスィスモスの声と共に、僕の目の前――宙空に、焦茶色こげちゃいろの小さなチャームのようなものが現れた。くれると言うので手に取ってみると、土くれのような、それでいてしっかりと硬い材質で作られているのが分かる。それにしてもこの形は何だろう、トカゲの顔のような形をしている。


「これは……?」

友達の印・・・・さ。それに魔力を込めてくれればボクは目を覚ますことができるんだ。あんまりしょっちゅう起こされるのは勘弁だけど、何かあったり暇だったら、また来てよ』

「分かった、ありがとう……この形は?」

『ボクの顔だよ! 上手いもんでしょう!』

「そ、そうだね……味があるよ」


 満足そうな表情――厳つい岩山のような顔の中の二つの目、その雰囲気で表情が読み取れるようになっていたのだけど、そんな顔をスィスモスが向けてきた気がする。巨竜なのに、中々ニクい友達甲斐がいのあることをしてくれるやつだ。ペンダントにでもしてやろう。


『それじゃあ』

「うん」

『スライム君もまた会おうね。じゃあ、おやすみ――――』


 地面に沈んでいくスィスモスの頭。まるで伝説の魔王が封印されるような物々しい光景だけど、貰ったチャーム――小さな飾りを握りしめ、少々の感傷を持ちながら見送った。


「眠りについたのね……」

「メイリン……うん、そうみたい」

「ちょっとだけ寂しいわね。少ししか話してないけど、いい人――竜だったみたいだし」

「……うん」


 僕とスィスモスの別れの挨拶を見守っていたのか、メイリンが声をかけてきた。僕が感じていたことを代弁してくれるようなメイリンの言葉は、同じように思っていたんだと感じられて嬉しかった。


 スィスモスとの別れを寂しく思うのもあるけど、再び眠りにつく古竜――それが僕がこの世界での役割を終えた・・・・・・ことを意味しているように思えたのが、胸に引っかかる。王国を滅ぼさんとする存在――向こうにその気はなかったとは言え、スィスモスの存在が『王国の危機』という予言の正体で間違いないだろう。そして僕は、その危機を救うためにメイリンに喚び出された存在だ。もうこれで役目は終わり、ということになる。


 これから僕はどうしたらいいんだろう、そんな想いで一杯になる。


「――タケル、ねえタケル!」

「うわっ、メイリン。何だよ」

「ぼーっとしちゃってどうしたのよ。国を救った勇者・・・・・・・がそんな顔じゃ仕方ないわ。胸を張りなさい!」

「う、うん……分かった」


 僕が考えていることを察したのか、メイリンがばんと背中を叩いてくる。不器用だけど、気を使ってくれてるんだろう。


「そんなことより、明日の晩にパーティが開かれるそうよ」

「パーティ? 何の?」

「城では『古竜が封印された』って大騒ぎよ。呑気な連中がね。陛下も上機嫌だから、きっとそこでタケルは本当の勇者・・・・・として、皆に認められるわ」

「そうなんだ、全然知らなかった」

「ダメよ、そんなことじゃ。きっとこれからも忙しくなるわよ!」


 そう言ってメイリンは、お城の方に先に戻るように歩きだした。

 今、一体どんな顔をしているんだろう。そんなことを思うと自然と笑みが漏れ出して、メイリンの背中を追った。


「ねえ、メイリン」

「何よ」

「……ありがとね」


 さっさと歩くメイリンにかけたお礼の言葉には、返事はなかった。その背中から感じる雰囲気に、メイリンが優しく笑っているような気がした。

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