第66話 祝いの夜に

 明晩、僕はお城の中で開かれるパーティに出ようとしていた。

 その会の中で、王様から僕のことを紹介されることはダリウスさんからも伝えられており、『国を救った勇者』としてスピーチを考えてくれと言われた。正直、自分自身ではほとんど何もしていなかったので恥ずかしいような気持ちもあったけど、単純に嬉しくもあった。


 余談だけど、スィスモスとのやり取りについて、スライの存在は伏せることになっていた。スライが魔獣であり、それを無断で王国内に入れたのはやはりまずかったようで、混乱を避けるための配慮だということだ。スィスモスと会話を成立させるためには、スライは不可欠な存在であった訳だし、なんとなく残念な気持ちもあったけど、スライ自身が『俺は別にいいよ』と言うので、仕方ないとすることにした。


 そのパーティの直前、この国の正装のような服を着るように言われて準備をしていた。というか、メイリンに着るのを手伝ってもらっていた。丈の短い上着に、半ズボンのようなものを合わせた服、どこの王子様だよと思うようなもので、一人で着れるものだったけど、強引なメイリンに押し切られた形だ。


「はい、これでお終い! 似合ってるわよ」

「あ、ありがと……なんか恥ずかしいなあ」

「ちゃんとした正装だともっとゴテゴテしてるんだから。スッキリしてる方よ」

「いや、なんか感覚的な問題……」


 仕度が終わり、いざ会場に向かおうというところ。


「ねえ、タケル……パーティが終わった後、ちょっと話できる?」

「話? 別にいいけど、何の?」

「その……大事な話があるの……あ、あとで話しましょう!」


 メイリンは言葉を濁して、さっさと部屋を出ていってしまった。

 大事な話とは一体なんだろう。何のことかピンとこないと言いたいけど、もしかして――この世界での春が僕に来たのではないかと淡い期待をしてしまう。王国は救われて、メイリンとももう長い付き合いだ。戦いが始まる前もちょっといい雰囲気だったし、可能性はなくはない。これからどうしたものかと思ったりしたけど、もしメイリンが僕のことを――――


「タケル、お前はごちゃごちゃ考えるタイプだなあ。そこは素直に喜んどきゃいいだろ」

「うああああっ! スライ、いたの!?」

「いたの――って、最初からいるだろ」

「だから考えてることを読まないでよ!」

「はいはい……ムフフな雰囲気を感じたら見ないフリしておくよ」


 嫌味なようなことを言うスライを懐の中にしまい、僕も会場へと向かう。


「嫌味ではないぞ」


 スライの言葉を無視して、すぐ近くの広間に入った。

 広間はかなりの人数で埋まっており、すでにゆるくパーティが始まっているようだった。僕が経験したことがない立食形式のパーティ。食べ物も見たことのない豪華な肉や魚料理がいっぱいある。この世界に来てから、パンや豆のスープなんかの質素な食生活だったので、美味しそうな食事や着飾った人たちで彩られた光景に、目を奪われてしまう。


「おう、タケル殿。来たか!」

「意外と準備に時間がかかったのう。料理も酒も好きにやってもらって構わんぞ。儂らは先にやっているが」

「ゼストさん、ダリウスさん。遅くなってすいません。あと、僕はお酒はちょっと……」


 広間にいた二人は、すでに酒を飲んでいるのか陽気だった。未成年の僕はお酒はダメだろうと思っていたけど、そう言えばこの世界の『成人』は何歳からなんだろう。


「そうか、タケル殿は酒はダメか。儂らはちょっと忙しくなるから、好きに食べててくれ。すぐにメイリンも来るじゃろう」


 そう言って二人は奥の方に行ってしまい、広間に僕だけがぽつんと残された。姿を追うと、二人は色んな人からひっきりなしに挨拶を受けている。二人共、気兼ねなく話してしまうけど、そういえばこの国ではかなり偉い人なようだし、そういう所はこの世界でも変わらないんだなと思った。一人で暇を持て余しているのも何なので、近くにある肉料理なんかを取って食べる。


「タケル、一人なの? ダリウス様――は忙しそうね」

「あっ、メイリンどこ行ってた――」


 後ろから声をかけられ振り返ると、そこにはさっきと違う姿のメイリンがいた。

 あおのドレス。メイリンの蒼の瞳より少し深い色で、まだ幼さが少し残るメイリンの顔とシックな色のドレスが妙に合っている。銀の髪も普段よりもつややかだ。


「……あんまりじろじろ見ないでよ。変でしょ。ヒラヒラした服、あんまり好きじゃないから普段着ないし」

「いや、変なんかじゃないよ。すごい、似合ってる。うん、ホントすごい似合ってるよ」

「ちょ、ちょっとやめてよ! 恥ずかしいじゃない! ダリウス様がご好意で用意してくれたから……着てみただけだし……」

「ホントに似合ってるよ」

「もう……」


 本心から似合っていると思う。静かな蒼に銀の髪、まるで月が映った夜の湖みたいだ。


「いや、それはくさすぎるだろ」

「スライ、やめて!」

「何、一人ではしゃいでるのよ……それより美味しい料理がいっぱいよ。食べましょ」


 そう言ってメイリンはあれこれと料理の説明をしてくれた。

 この肉料理はどこそこの牛の肉を使っているとか、この魚はこの日のために取り寄せたとか、楽しそうに僕に説明をする。説明される度に皿に取り分けてくれるので、食べるのに忙しかったけど、どれも美味しいのでついつい食べてしまう。挨拶に呼ばれると言っていたけど、まだ王様が出て来る気配もないし大丈夫だろう。


「これも美味しいわよ、異国の料理なの」

「なんだろう、これ。なんか茶碗蒸しに似てるなあ」

「チャワンムシ? タケルの世界にも似た料理があるのね。美味しいから食べてみて」

「うん、ありがと。うわあ、味も似てるな。というか、茶碗蒸しそのものじゃないか? コレ」


 器は勿論違うけど、小鉢のような器に入ったぷるぷるとした卵の食感、それに薄っすらとダシのような味も感じる。まさか違う世界で和食のような料理を食べれると思わず、ぱくぱくと食べてしまった。中に入っている具は若干違うけど、全部美味しい。特に、ほっくりとした豆が美味しかった。


「随分気に入ったのね」

「うん、いくらでも食べられちゃうかも」

「ふふ、いっぱい食べても怒られないわよ」


 メイリンがそう言うので三皿も食べてしまった。

 お腹も落ち着いたので、果物のジュースを飲みながら、パーティに参加している人なんかをメイリンに教えてもらいながら時間を過ごしていた。正直、あまり興味はなかったけど、楽しそうに時間を過ごしているメイリンの笑顔を見ているのが楽しい。


 大体、一時間くらいが経っただろうか。

 周りもそろそろ王様が来るんじゃないかとざわついている。


「そういえば約束してたけど……トシラキア山、なくなっちゃったわね」

「ああ、スィスモスが焼いちゃった山……メイリン、紅葉こうよう見たがってたもんね」

「うん。でも、山はなくなっちゃったけど、街中でも綺麗な所がいっぱいあるのよ。結構前に行った――公園の近くの並木道、覚えてる? あそこなんか全面鮮やかな黄色で素敵なの。そういえば、タケルが気に入ってた料理、あれにその木の実が入ってるのよ」


 楽しそうに話すメイリン。その姿が、一瞬歪んだ・・・

 立ちくらみかと思ったけど、まるで膝が地面に吸い寄せられるように床にストンと落ちてしまう。一体、何が起こったのか。


「おお、陛下だ!」


 周りの音も若干遠くなるのを感じた時、会場の奥の方で声が上がった。


「タケル、陛下が来たわよ! タケル? ちょっと、タケル――どうしたの?」


 全身に力が入らない。

 なんとか伸ばした手でテーブルを掴み、立ち上がろうとするけど、下半身がついていかずに掴んだテーブルごとひっくり返ってしまった。


「――――タケル!!」


 淀んだ視界。

 僕の名前を呼ぶメイリンの叫び声と、周囲のざわめきが雑音のように頭に響いてくる。

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