第37話 熱戦

 格好をつけて登場をしたものの、思い切って出るんじゃなかったと後悔した。

 目の前には、見上げるような大きさの魔獣がいる。その姿は、茂みとも、ツタとも言い難い、あらゆる植物が絡み合っているようなもので、その絡み合った植物が動物の――まるでワニのような顔を作り出している。当然、大きな口の中には鋭い牙が見えている。


 顔を見合わせた僕と魔獣には一瞬の間が空くが、その姿を見てすぐに、今までの敵とは異なることが分かった。植物が絡み合うようにしてできたその姿は、根をはった植物のような今までの敵とは違い、これも絡み合った植物が足のようなものを作り、自由に動ける・・・ようだ。


「タケル、コイツはかなり強え魔獣だけど……メイリンの魔術で強化されたお前だったら、多分・・何とかなる。冷静に戦え」

「多分、ってのが余計だなあ」

「頑張れ、ってことだよ」

「あいよ――うわっ!」


 スライの頼りないアドバイスを聞いている最中、頭上から何かが落ちてくるのが見え、すぐに横に飛んだ。僕がさっきまで立っていた地面はえぐられ、落ちてきたそれが鞭のように振り下ろされた魔獣の触手だったことが分かる。

 メイリンの魔術で強化された僕の体は、危険を察知して動こうとする瞬間、すでに動いていた。この体の反応速度だったらもしかしたら、という気持ちも分かる。元々、反応はいい方だ。中学で卓球をやっていた時も、反応に体がついていかないのが嫌でやめたのだ――なんて話は今はどうでもいい。


「アンタ、その動き……ちっ、魔術か」


 さっきまでとは違う僕の動きを見て、狩人ハンターの女の人が呻くように言う。

 他の二人同様、魔獣との戦いで体を痛めたのか、まともに剣も構えられていない。


「下がっててください!」

「はっ、生意気に……だが、もう限界なのは確かだな、大人しく下がってるよ」


 一人で相手をするには手に余り過ぎるような敵だが、満身創痍という様子を見ると仕方がない。自分一人で相手取ろうと、後ろに声をかけるとあっさりと引き下がった。


 改めて魔獣の正面に位置取る僕に、再度触手が襲ってきた。絡め取ろうと触手を向けてくる今までの敵と違い、その一本一本が鋭く尖っているもので、貫かれたらヤバいということだけは分かる。僕が避けた先の地面には、触手が深く刺さっている。

 向かってくる触手を避けては切り、余裕がないものは受け流しながら動き回る。足を止めればすぐに蜂の巣にされそうな攻撃だが、強化された脚力がそれを許さない。

 動けている。敵の攻撃も目で追えている。


 メイリンから借りた力とは言え、極限状態の攻防を続けられている今の状況に、怖いのか楽しいのかも分からないけど、笑みもこぼれてくる。


「タケル、また上からだ!」

「見えてるよ!」

「見えてねえよ、横からも来てるぞ――」


 次々と襲いかかる触手の攻撃を対処している中、狙いすましたように頭上から振り下ろされる触手には気付いていた。それを横の移動で避けるが、別の触手が避けた先に迫っていることにスライの言葉でようやく気付いた。

 斜め前から僕を貫かんと迫る触手。先端の尖りが僕の命を奪おうとする。


 ――避けられない。


 必死に身をよじり、回避を試みるが、悲しくも強化された僕の意識ではその触手の槍が僕の脇腹をえぐる絵が浮かんでいた。その絶望感から、ぎゅっと目を閉じてしまいたい欲求に襲われる。


「――タケル、目を閉じるな! メイリンの守り・・がある!」


 スライの声で意識を引き戻された。貫かれようと致命傷にならないように再度身を捩ると、僕の腹に刺さると思っていた触手が、何かの圧力で弾かれたように僕の横を通過していく。すぐさま、剣を取り直して、その太い触手を叩き切った。


「そっか、メイリンの魔術――」

「今がチャンスだ、タケル。前に飛び込め!」


 回避ができたことに安堵した僕に届いたスライの声ではっとなる。

 雨のように降り注ぐ触手を避け、トドメとばかりに伸びた触手、それを避けきった後、僕と魔獣の間にはぽっかりと空間ができていた。すかさず、言われるがままに魔獣の懐へと飛び込み、胴体らしき部分を狙って、両手に持った剣で横一閃の斬撃を食らわす。


「くそっ、固え・・な」


 僕の感情を代弁するスライ。僕の剣は魔獣の体を切り裂きはしたが、そのにまでは届いていなかった。蔦の顔、その牙が近寄った僕に襲いかかろうとするので、少しだけ距離を取った時、後ろから声が届いた。


「まだよタケル、叩き込みなさい!!」


 いつの間にか後ろにいたメイリンが僕に叫ぶ。

 その声に導かれるように高く飛び上がり、魔獣に向けて剣を振り上げる。


「――――巨人の一撃ジャイアント・スラップ!」

「うっっおおおおおおおおお!!」


 腕、そして剣にまとわりつくような魔力の感覚。

 引き絞られるような感触を無理やり前に向け、僕を飲み込もうとばかりに大きく口を開く魔獣の顔面に剣を叩きつけた。


 落下と共に、敵を割いて剣が地面を抉り、野太い断末魔と共に魔獣が霧散した。

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