第36話 借り物の力

「これは……デカいやつがいるぞ」

「デカいやつ?」

「ああ、かなり力を持った魔獣だ。この森の魔獣の親玉、ってとこだな」

「スライ、でかしたわ! そいつが狙いよ」


 森の奥を進む中、スライが懐の中から声をかけてきた。

 何やらボスのような魔獣がいるという言い方だったが、嫌な予感がする。メイリンも何故か喜んでいることからも、嫌な予感がする。


「あの、メイリン……狙いって?」

「植物の魔獣は普通の植物と似たような感じで、種で繁殖・・・・するのよ」

「種で?」

「そうよ、植物の魔獣が大量に発生する時、必ず母体になる魔獣がいるわ。逆に言えば、そいつを倒さないと今まで倒した魔獣みたいなちっこいやつが増え続けるから、あんまり意味がないのよ」

「え、えええー。先に言ってよそれ」


 メイリンから聞く新たな情報で、なんだか騙されていたような気分になった。


「だって、そんなこと言うと……タケル、あなたサボろうとするでしょ?」

「……ごもっともで」

「言っておくけどね、母体の魔獣だけを倒せばいいってわけじゃないのよ? 母体を倒しても、残った魔獣は倒さなきゃダメ。でも組合ギルドからの依頼は、規定数の魔獣を倒すか、母体の魔獣を倒すか、って内容だから。母体を倒したら仕事は終わりよ」

「え、本当に?」

「本当よ」

「頑張ります!!」


 この森に入るのは今日が初めてだが、まさかの初日で依頼が完了するかも知れないという話を聞き、俄然やる気が出てきた。恐らく、その母体とやらを倒さないのであれば、ディグドッグの時と同じように数日森に通う羽目になるだろう。

 俄然やる気が出たのがバレたのか、メイリンはじとっとした視線を送ってくる。


「でもこりゃあ……すでに何人かが戦ってるみたいだぞ」

「さっきの狩人ハンターだとしたら……ちょっと急いだ方がいいわね」

「どういうこと?」

力不足・・・ってことよ」


 メイリンが何を言っているのかは分からないが、早足で進んでいく。

 スライの案内もあって、直線距離で進んでいける。


「――近いぞ」

「タケル、強化の魔術はまだ持つわね?」

「うん、全然大丈夫」

「ならいいわ。私が重ねて強化をかけるけど、攻撃を受けたりして危ないと思ったら、すぐに引くのよ」

「重ねて強化? っていうか、やっぱり僕が戦うの?」

「……当たり前でしょ。何しに来たと思ってるのよ」


 さっきの話だと結構強そうな魔獣だと思ったが、やっぱり僕が戦うのだと言う。

 ほとんど駆け足のペースで進んでいく中、メイリンがぼそぼそっと詠唱する。


「――補助強化プロテクショナル・レインフォース


 メイリンが魔術を唱えるのと同時に、僕の体が淡く発光した。次いで、全身の力がみなぎるような感覚――特に、脚力がぐんと強くなるのを感じる。というか、急に地面を蹴る力が強くなったので、つんのめって転びそうになる。

 重ねて強化というのはそういう意味か。僕が知っている強化の魔術は自身を強化するものだったけど、他人を強化する魔術というものもあるのだろう。


「何コレ、すごい。急に力がみなぎったみたい」

「――猛風の鎧ブラスト・アーマー


 僕の感想はスルーされ、更にメイリンが詠唱の後に魔術を唱える。

 走っている僕の体を、突如吹いた風が背中を押すような感覚があった。


「ひえー、メイリンの魔力ヤバいなあ」

「え、スライ。分かるの?」

「そりゃスライムは魔力とかには敏感だからな――おい、もうすぐ先にいるぞ」

「とりあえず、強化の魔術に似たものと、防御用の魔術はかけたけど、無理はしないでね。あくまで敵の攻撃を緩和するくらいのものだから」


 なんだか便利な魔術がいっぱいあるものだなと思ったけど、視線の先に狩人ハンターと接敵する魔獣が見えてきたので質問をする暇はないだろう。遠くに見える狩人ハンターはさっき僕を助けてくれた人たちだ。


「行くわよ――タケル、突っ込みなさい!」

「ええいっ、やってやるよ!」


 メイリンに背中を押されるような感じで、魔獣がいる方に飛び出していった。

 増幅された脚力は見違えるほどで、大砲メイリンが打ち出したぼくは文字通り飛んでいくように魔物へと突っ込んでいく。


 近くで見ると、さっき僕の目の前で魔獣を切り伏せた女の人が、敵の触手に襲われていた。他の二人は怪我を負ったのか、地に伏せながら悶ている。


「だあああああああっ!!」

「――アンタは、さっきの」


 狩人ハンターの女の人に迫る触手――今までの敵とは違って数え切れない程の数を持つそれを、大上段から斬り下ろす。太く硬い触手は、メイリンの魔術で強化された僕の力をもってしても、引っかかるような感覚はあったものの、渾身の力で振り抜く。


「アンタ、なんでこんな所に……アンタじゃ無理だ! 死にたくなけりゃ逃げな!」

「そう言っても、尻を叩かれるもんで……」


 突如現れて目の前に立つ僕の姿を、狩人ハンターの女の人が見ていた。

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