第26話 スライの考え

「タケル、一応説明をしておくわ」

「なんとなくさっきの話の流れで分かった気がするけど――」


 ダリウスさんとゼストさんの二人と別れ、僕も自室へと戻ろうとしていると、メイリンが声をかけてきた。恐らく僕がさっき色々聞いてしまったことを改めて教えてくれる、ということだろうけど、メイリンは先導するように僕の部屋へと向かっていく。部屋で話すということか。


「色々話していなかったことは謝るわ。あんまり色んなことを言っても、逆に混乱するかと思っちゃったのよ」

「ああ、それはいいよ。僕も空気読まないで口出しちゃってゴメン」

「それじゃあ説明するわね――」


 部屋に戻って、自室のテーブルの椅子に座ったメイリンが説明を始める。

 うら若き乙女が、もう夜になるという時分に男の部屋にずかずかと入ってくるのはどうかと思ったけど、素直にメイリンの話に耳を傾けることにした。


 メイリンの説明を黙って聞いたが、認識が大体間違っていないことが分かった。

 違った――というか知らなかったのは、北部で交戦中の『セレーネの民』自体がお告げのあった『国の脅威』そのものだと皆が思っているという点と、『セレーネの民』は魔獣のような存在とは異なりこの国の人たち同様に人間としての文明や文化をちゃんと持っている、という点だ。


 ただこの国――ローデンベルクの人たちは、魔獣のような存在の北部の人間を忌み嫌う人と、きちんとした文化を持つのだから人として接しようとする人、というように思想が分かれている傾向があるということだった。

 とは言え、攻めこんできているのは『セレーネの民』の方だから、勿論ローデンベルク側も北部の守りに人員を割いているのだが、依然和平交渉は進めようとしているらしい。外部の人間の僕としては、なんとも言えない政治的な話だ。


「――だから、セレーネの民は決して魔獣のような存在ではないの」

「そっか。ありがと、大体分かったよ。もしかしてその『セレーネの民』っていうのは言葉が違って和平交渉ができないとかじゃ……」


 もし話にあった北部からの侵攻が『この国の脅威』だとして、それを救うために召喚された僕がその戦争を止められるのだとしたら、と思い僕の一見役に立たない能力アステルが頭に浮かんだ。なんというか、そう考えるのが一番自然に思え――


「そんなことはないわ。言葉が通じないどころか、向こうも同じ言語を扱っているから。和平交渉は何度もしてるんだけど、向こうが提示してくる条件が乱暴でこっちがそれを飲めないだけよ」

「あ、そうですか」


 またも予想が外れた。

 街で出くわした魔物もとてつもない力を持ってるものだったし、戦う力が大してない僕ができることと言ったら外交的な交渉くらいかと思ったのだが、違うらしい。もし僕に、そのセレーネの民との戦い――戦場に出て戦えと言われたらどうしよう。僕がこの世界に召喚された理由がいよいよ分からなくなってきた。本当に、ただの間違いだったんじゃないだろうか。


「ふぅー、もう出てもいいか?」

「うわっ、びっくりしたあ!」


 内心でがっかりしているのを顔に出さないようにしていた僕に、懐の中から声がかかる。いきなり声をかけられて驚いたが、スライを懐に入れっぱなしのことを完全に忘れていた。


「いきなり何なのよ、こっちがびっくりしたわよ」

「ああ、ごめんこっちの話……っていうか、スライが声かけてきたんだよ」


 そう言って、懐から取り出した瓶をテーブルの上に置く。

 瓶の中に浮いているマリモのようなスライは、その目の位置関係から、少し傾いているように見えた。


「全く、話が長いんだよ。ずっと瓶の中に入れられて疲れてるっていうのによお」

「スライが入ってるの、すっかり忘れてた」

「ひでえなあ」


 スライと話す僕を、メイリンがじとっとした目で見ている。


「そういえば、さっきタケルたちが話してたセレーネの民ってやつ。あれ、北の方にいる人間のことだろ?」

「あれ。スライ、それ知ってるの?」

「ああ、何度かな。遠目から見ただけだけど……つええぞお、あいつら。人間と俺たち魔獣の中間みたいなやつらだからな。タケルはあいつらと戦うんだったら、相当鍛えないとダメだなあ」

「何で僕が戦うことになってるんだよ。そんなこと一言も言ってないよ」

「俺は空気が読める・・・・・・んだよ」


 スライがセレーネの民のことを知っていたのにも驚いたが、何でか僕が戦う話になっていたので慌てて止める。僕の内心を読んでいるようなスライの言葉にも驚いた。心なしか、瓶の中のマリモがにやっと笑ったようにも見える。


「ちょっと、何話してるのよ」

「あ、そうか。メイリンには聞こえないんだったね、いやスライがそのセレーネの民を知ってるっていうから」

「スライムが……セレーネの民を知ってる……?」


 話が分からなくて苛ついているようなメイリンがたまらず声を出したが、僕の返答に『何言ってんだコイツ』というような顔を返してきた。


「なんか、頭痛くなってきた……じゃあ私はもう行くから」

「うん。色々教えてくれてありがとう」

「そいつ……本当に飼うの? 殺されても知らないわよ?」


 扉に手をかけ、僕の部屋を出ていこうとするメイリンが最後に声をかけてきた。


「殺されるなんて物騒だなあ」

「スライムは、寝てる間に口に入ってきて、溺死させるのよ。魔力が強いスライムだと、周囲の液体が強い酸性を持っていて溶かされるとかもあるわね」

「え、えええーー……」

「とにかく気をつけなさいよ」


 そう言ってメイリンは出ていった。

 残された僕とスライは、目を合わせる。


「……もう、僕たち仲間だし……そんなこと、しないよね?」

「どうかなー?」

「えええーー……」


 にやにやと笑っているようなスライが入った瓶の蓋が、キツく閉まっていることを確認して、僕も寝ることにした。

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