第34話 メイリンの話

 倒れた木をベンチ代わりにして、僕とメイリンは小休止を取っていた。

 懐に仕舞っていたスライも、外に出している。


 魔獣からの不意の攻撃を食らった際、衝撃の緩和のために魔力をそこそこ使ってしまっていたため、休憩ということになった。正直言うと、あんまり実感はないけど強化の魔術も使用を重ねるうちに継続時間が延びており、もう少し戦えるなとも思ったのだが、メイリンの言うとおりにすることにした。いつ終わりがあるのか分からない仕事だし、無理をすることもないだろう。


「タケル。強化の魔術、結構持続時間が延びてきたわね」

「あ、やっぱそう思う? 段々慣れてきてる感じがするんだよね」

「そう……それは、良かったわ」

「この世界の戦士にしてはどうなんだろう? やっぱ才能ないのかな。さっきも狩人ハンターの人たちに助けられちゃったし……」

「スジはいい方よ。足りないのは単純に、訓練・・経験・・ね」

「ですよねー」


 スライは久々に外に出たいと言うので、瓶の蓋を開けてあげたら、にゅるーっと瓶から出てきて、そこらで遊んでいる。

 休憩の間、ぽつりぽつりと僕たちは会話をしていた。さっきのやり取りのせいか、何だか今日のメイリンの言葉は楽しそうとは言えないけど、少し柔らかく感じる。


「そうだ。さっきも言ってたけど、メイリンの言ってた近衛隊――って言うの? なんだか狩人ハンターの人たちの反応が妙だったけど、特殊なもんなの?」


 さっきの話に出てきた近衛隊というものが何かを聞いてみた。思えば、この世界に来てからダリウスさんやゼストさんは勿論、メイリンにも世話になりっぱなしなのに、詳しいことを聞いたことはあまりなかった。


「まあ、特殊と言えば特殊ね。陛下直属の兵だから」

「えっ、それって凄いじゃん! やっぱり強い人だけがなれる、ってやつなの? 選りすぐりの精鋭、みたいな」

「そうね。私みたいな形で入るのは、それこそちょっと特殊だと思うけど」

「私みたいな、ってのはどういう意味?」

「私は――――戦災孤児なのよ」


 近衛隊という、国王の直属となる兵だと言うメイリンだが、かなり地位の高いものに思えたので少し興奮して話してしまったが、メイリンの口からは思いのよらない言葉が出た。


「えっと、なんというか……ごめん」

「いいわよ、別に気にしてないし。というか、戦災孤児と言っても記憶のないくらいの昔だから全く覚えてないし、戦災孤児なんて結構いるしね。ダリウス様が拾ってくれたから、それで困ったこともないし」

「そうなんだ、戦災孤児の人が結構いるって、戦争があったってこと?」

「昔のことよ。北の蛮族――セレーネの民との大きな戦争があったのよ。北の戦線では、かなりの死者が出たのよ。私の両親も、その戦火に巻き込まれて、ね」

「そっか、戦争かあ……」


 前にお城で話した時にも出てきた北の蛮族という言葉だけど、まさかそんな大きな戦争があったとは思っていなかった。『戦争』という言葉に慣れているわけがない僕には、結構な衝撃がある。しかも、その戦争のせいで孤児になったと言うのに、なんでもないように話すメイリン。きっと強いんだな、と思った。

 それにダリウスさんに拾われているとも言っている。親子のような距離感に見えたのは、そのせいか。


「でも、私たちの世代は戦争の経験はないのよ。北でにらみ合いが続いているとは言うけど、小競り合いくらいの硬直状態だし。それにダリウス様が良くしてくれて――私も、他の孤児の子たちにも、『一人でも生きられるように』って魔術や武術を教えてくれたの。だから、ダリウス様に拾われた孤児で、近衛兵になったのは私だけじゃなくて他にもいるわ」

「そっか。ダリウスさん、優しいもんね……たまに変だけど」

「たまに、ね」


 メイリンの眼差しはどこか優しくなっていて、本当にダリウスさんが好きなんだなと思った。僕が冗談のつもりでそう言うと、メイリンも同調し、少しの間があって小さく笑った。こぼれた笑いを見て僕も笑ってしまい、二人で静かに笑いあっていた。


「なんだなんだ、タケル。いい雰囲気じゃねえか」


 僕たちの笑い声に、スライの声が割って入ってきた。


「いい雰囲気って何だよ」

「いや、そのまんま・・・・・の意味だろ。ヒューヒュー」

「うるさいよ!」


 親戚のおじさんのようないじり・・・方をしてくるスライ。


「へーへー。おじさんは退散しますよ――っと」


 全く悪びれた様子のないスライは、戻ってくるなりにゅーっと伸び、そのまま瓶の中へと入っていった。

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