第33話 狩人《ハンター》との遭遇

 森の中はひんやりとしているが、朝から動き回っているので全身が汗ばんでいる。

 植物の魔獣の見た目にはちょっと驚いたけど、一度倒してしまえば大したことがないことは分かったため、メイリンに煽られるままに森の中の魔獣討伐に勤しんでいた。すでに十体ほどの魔獣を倒しているが、どれくらいの数を倒せばいいのかは見当もついていない。


「メイリン、あれも倒しちゃっていいの?」

「よく気付いたわね。他の魔獣はいないみたいだから、っちゃっていいわよ」

「いや、流石にあれは分かるでしょ……」


 視線の先には、茂みに紛れてドデカイ赤い花を付けた植物があった。周辺には質素な草花の多かったので、あそこまで派手で露骨に魔獣だと分かる敵を見つけたことを褒められても、と思う。体に感じる魔力の残り具合から、強化の魔術の効果時間にも問題はない。


「よっしゃ、タケルいけー!」

「分かってるよ!」


 メイリンに教えてもらった通り、剣を構えて即座に駆け出す。

 急接近する僕に気付いた敵の魔獣は、花弁の中心をこちらに向けるように動く。そうだろうとは思っていたけど、中心には大きなが開いていて、威嚇するように奇声を上げてくる。相変わらず気持ち悪い見た目だけど、『なんかこんな映画あったような気がするな』なんてことを思うくらいの余裕は出ていた。


 この魔獣もツルのような触手で迎え撃ってくるけど、やはり遅い。他のやつより触手の本数が多いけど、一本一本を対処すれば問題ないと思った。


「――タケル、左よ! 避けてっ!」

「えっ――――」


 後ろから飛んでくるメイリンの声に、脚を一瞬止めて左に注意を向けるが、何かが飛んでくることを視認する前に脇腹に鈍痛を受けた。油断して力を緩めていた所に攻撃を受けたため、僕はあっけなく右方へと飛んで転がっていく。


「かっ――かはっ」


 肺から空気が漏れ痛みに身をよじるが、何が起きたのかと見回すと、一本の太い触手に薙ぎ払われたことが分かった。多数の触手が正面から向かってくるのに気を取られて、横からの攻撃に気付いていなかったんだろう。


「タケル、起きろっ! すぐに来るぞ!」

「う、うん!」


 地面に転がる僕に、再度何本もの触手が向かってくるのが見えた。

 脇腹は少し痛むけど、強化の魔術は解けていない。すぐに起き上がり、剣を構え直して迫る触手を切り払う。


「くそっ、数が多いな――」

「たあああああっっ!」


 これまでの敵と異なり、かなりの数の触手の対処を迫られていた。

 そんな僕と魔獣が相対している真横の茂みから、叫び声と共に何かが飛び出し、魔獣の方に飛び込んでいった。かなり大きい――ゼストさんが持っていたやつくらいのサイズの剣が、魔獣に向けて振り下ろされ、真っ二つにされて霧散する赤い花。


「何やってんだい、アンタ。見てらんなくて飛び込んじまったよ」


 見ると、軽装備の狩人ハンターのような女の人が立っていた。

 女の人と言っても、筋肉質で背も高く、戦士という感じだ。


「あ、どうも。すいません」

「言っとくけど、横取りなんて思わないでくれよ。この敵はアタイも狙ってたんだ。アンタが飛び込んでいくから譲ってやろうと思ったけど、危なっかしかったからな。この程度の魔獣にやられてるようで、アンタそれでも狩人ハンターなのかい」

「なんというか……まだ仕事にも慣れてないもんで」


 結果的に僕の敵を横から奪った格好の女の人だったけど、悪びれる様子は一切ない。語気も荒くてたじたじとしてしまうが、何となく格好いいなと思ってしまった。


「おおい、カレン。ここにいたか」

「いきなりどこ行ってくれちゃってんのよ、お前」

わりわりい。新人狩人ハンターくんがピンチだったもんでよ」

「はっ、こんな所の魔獣でピンチってか。笑えるな」


 強気の女の人が飛び出してきた方の茂みから、次いで二人の男がでてきた。こっちも見るからに戦士のような格好をしているので、恐らく仲間だろう。女の人――カレンさんと呼ばれていた人の言葉に、仲間の男が僕のことを嘲笑するのを見て、ちょっとしゅんとした気持ちになる。


ツレ・・が失礼したわね。助けてもらったのはお礼を言うけど……この人――タケルは、この国の勇者・・なんだから口には気をつけて貰いたいわね」

「あら、お仲間かい? 何だい勇者って、いい年こいて勇者ごっこかい。子供はいい気なもんだね」

「タケルは今はこんなだけど……本物の勇者・・・・・よ。口には気をつけてって言ったでしょう。あんまり素行が悪いと組合ギルドにも報告するわ」


 大分後方にいたので、今になって追いついてきたメイリンがカレンさんにキツめな言葉を投げる。僕のことでちょっとした揉め事になっているようなので、少々気まずい。それに、本物の勇者・・・・・って言葉にも。


「何だいアンタ、随分と偉そうだね――その格好……そうか、兵隊さんかい」

「私は近衛隊の兵よ」

「ちっ、ガキのくせに偉そうに――」

「やめときな、近衛隊の奴らは強者ツワモノ揃いだ。こんなお嬢ちゃんでも相当やる・・んだろうよ。それに、王国の人間と揉め事は面倒だ」

「お互い、無かったことにするのが賢い選択だと思うけど?」

「……そうさせてもらうよ」


 メイリンの登場に一時は空気がひりついたけど、周りの男達をカレンさんが止めた。面倒ごとはごめんだと言うように手をひらひらと振りながら去っていくカレンさん、こっちを睨みながら唾を吐く男がその後を追い去っていく。喧嘩になるんじゃないかとヒヤヒヤと見守っていたので、ひとまずは良かった。


「タケル……」

「な、何?」

「あんな奴らの言うこと、気にしちゃダメよ。私は信じてるから」


 狩人ハンターたちが去っていった後、メイリンはぽつりとそう言った。

 大した力も持たないのに勇者だなんだと言われた反面、メイリンも僕の力のなさに幻滅しながらもやむなく訓練に付き合ってもらっているもんだと思っていたため、その言葉に少し胸の内が暖かくなるような気がした。


「うん……分かったよ」

「――だから、早く強くなってよね」

「しょ、精進します……」


 薄く笑うメイリンの蒼い瞳の奥に、ゼストさんやダリウスさんの影を見た気がして、返事がどもってしまった。

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