第五章 ローデンベルクの騒乱

第39話 喧嘩

 僕たちが王国についたのは日が落ちようとする頃。

 組合ギルドに報告を済ますと受付の職員――筋肉さんは少しだけ驚いたような表情を見せ、嬉しそうにしていた。報酬はメイリンが今は受け取らないと言ったため、僕は無一文のままだったが、まあ服だったり食事だったりはダリウスさんやメイリンが用意してくれるので特に問題はない。


 森での戦いの後、そのままの足で王国に戻ってきていたので純粋に疲れていた。

 城へと戻り、『一応ダリウス様に報告だけ』とメイリンが言うため、ダリウスさんの私室の方に二人――と一匹で向かっていると、城の中のやけに騒がしいことに気付いた。そして、その原因はすぐに分かる。


「んもーーーーーぉ、我慢ならん!! 北の軍をこっちに戻すぞ!!」

「だからダメだと言っておろうが、このクソ国王!! 今軍を戻したら北の守りがどうなるか分からんじゃろうが!!」

「王国を攻められたらどうするのだ!! お前一人で国を守れるとでも言うのか、このハゲじじいが!!」

「おー、守ってやるわい!! というか、言うに事欠いてハゲ・・じゃと? ルシリウス、貴様……誰のせいでハゲたと思っとるんじゃ!!」


 あろうことかダリウスさんの私室の前で以前も見たような喧嘩が繰り広げられていた。周囲にはおろおろするだけの兵たちと、魂の入っていないような目でその光景を見ているゼストさんがいた。


「あの、ゼスト様。只今戻りました」

「ん? おお、メイリンか。組合ギルドの魔獣討伐に向かったと聞いていたが、随分と早かったな」

「目的の魔獣をすぐに倒せたもので……それより、これは一体……?」

「ああ、これなあ……」


 実に面倒くさいというようなゼストさんが僕たちに説明をしてくれる。

 話を聞くと、どうやら街にまた・・魔獣が出たということだった。動物を変貌させる魔獣――パラサイトを意図的に王国に持ち込んでいる者がいることはほぼ確実であり、今回もそれなりの被害が出たようだ。街中に出た魔獣は普通の兵では対処が難しく、ダリウスさんの指示により普段は城に常駐する近衛隊の精鋭の兵を、魔獣が出た時のための警邏けいらや犯人の捜索に加えているという。そこで目の前で起こっている王様とダリウスさんの喧嘩が始まった。


 王様の言い分としては、王国内の兵の質が低いのは北の守りにある程度戦える兵を多く出してしまっているからであり、そのために城の守りの要となる近衛隊を出してしまうと、城内に敵に踏み込まれてしまった場合の危険性がある。北の戦線は今は緊張状態を維持しており派手に戦っているわけではないので、軍の一部を王国に戻すべきだと主張している。


 片やダリウスさんの言い分は、北の戦線では小競り合いのような戦いが続いており、蛮族が国境を超えて侵入するなども起こっている。全面的な戦いにならないのは北の守りに兵力を寄せているからであり、王国の守りのために兵力を減らした場合、それこそ蛮族たちが攻め入ってくる恐れがある。かつ精鋭の兵の一部を国内の不穏分子の対応に当たらせたとしても、十分に城内の守りを維持できる目処はついている、ということだ。


 聞いていても非常にややこしい。どちらかと言うと王様の方が、城の守りを弱くしたくないと多少無理を言っているようにも思えるけど、街中で魔物が出ている現状を考えると、その懸念も分かる。

 ゼストさんが二人の喧嘩を見守っていたのは、互いの主張が平行線であり、かつ『俺には難しいことは分からん!』ということだ。もう何が何だか分からない。


「ふん、もういいわ! だが近衛兵の割当わりあてはさっき言った数までだ。それ以上は許さん! 魔獣に城の敷地に一歩でも踏み込まれでもしたら、その瞬間にわしは軍を戦線から引き戻すからな!」

「何度も言われんでも分かっとるわい、ボケたかルシリウス! いざとなったら儂がよわっちい貴様を守ってやるわ!」

「言ったなこのジジイ、望み通りお前を盾に使ってやるわ、ダリウス!」


 言い合いの内容はちゃんと聞いていなかったが、本人たちはなんらかの決着をつけたようだ。言い捨てるような言葉を吐き、きびすを返して自室へと戻っていく王様。王様が戻っていくのを見て、ダリウスさんは扉を乱暴に閉める。


「メイリン、どうする?」

「もう遅いし、報告は明日でいいかしらね……」

「おお、そうしとけ。疲れただろう、今夜は休め」


 王様とダリウスさんのやり取りを見てどっと疲れていた僕たちは、ゼストさんの言葉もあったためその場で解散とし、明日改めてダリウスさんに話しに行くことにした。

 僕も大分疲れていたため、メイリンと分かれて部屋に戻ってベッドに横になると、すぐに寝入ってしまった。


 そして、翌朝。

 僕を起こしたのは、城内に響く『街に魔獣が出た』という声と騒ぎの音だった。

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