第31話 森を進む

 朝早くに起き出し、森に入る道がある場所に向かって村の中を歩いていた。まだ薄暗い時間に、準備の整った姿で僕を起こしてきたメイリンには驚いたけど、初めてのちょっとした遠征の仕事に、今では僕もすっかり目が覚めていた。


「おはようございます」


 村の中を歩く途中、装備を整えた男女――恐らく狩人ハンターだろう人たちとすれ違ったか、メイリンの挨拶には一瞥を返すだけだ。なんか感じが悪いなと思ったけど、メイリン自身はあんまり気にしてないようだ。


狩人ハンターの人って、みんなあんな感じなの?」


 森の入り口あたりまで歩いてきて、さっきの人たちの姿が見えないことを確認してメイリンには声をかけた。


「人によるわよ。狩人だって兵士だって、ね。ただ、あーいうのは大体小者こものよ」

「そーなんだ」

「むしろにこやかに接してくる奴の方が手強かったり、腹に一物イチモツがある奴だったりするのよ。あんなのは無視よ」


 そんなもんかと思いながらメイリンの後を追って森の中に入る。狩人みたいな格好をした人が村にぽつぽつといたので、共闘して魔獣と戦うのかなと思ったけど、特にそういった文化はないらしい。


「そんなことより森に入るから気を引き締めなさいよ、スライも――まだアンタのこと信用した訳じゃないんだから仕事しなさいよね」

「う、うん」

「分かったよ、娘さん」


 僕の懐の中から、スライが昨晩のやり取りは何だったんだというようなことを返している。何となく、スライはメイリンには従順だ。


「やめて……」

「えっ?」


 そんなメイリンが何かポツリと言う。


「だから、その『娘さん』ってのやめて!」

「え、嫌だったかい。娘さん強そうだからなあ。あねさんにしとくか」

「それも嫌!」

「何ならいいんだ」

「普通に名前でいいわよ!」


 妙なやり取りを経て、僕たちは森の中に入っていく。心なしかメイリンの顔が赤くなっているが、何だと言うのだ。


 森林の中を歩く僕。そして、後ろを歩くメイリン。訓練のため、ということもあり僕が先導する形になっている。森の中は静かだけど、所々で何かの生き物が動く音がする。結構深い森なのか、光もあまり入ってこないので何となく不気味だ。


「タケル、いるぞ」

「えっ、どこに?」

「そこの木の影だ……そんなんも分からなかったら生きていけないぞ、お前」


 スライの声で敵が近くにいることが分かった。目の前の森は今までと変わらない様子で、どこに敵がいるのかは分からない。


「――氷の刃フリージング・エッジ!」


 メイリンが叫んで、懐から取り出した何かを前方に投げた。

 僕から見て右方、木の茂みにメイリンが投げたものが刺さり、断末魔のような音を出して、その辺りの植物が萎んでいく。


「な、何?」

「タケル、あれが魔獣よ。よく見てみなさい」


 メイリンが何かを投げた先、チリチリと音を立てて草葉が白くなっていく。

 茂みが動いたと思った辺りが、凍ったように霜を帯び、葉っぱのようなものがぼろぼろと崩れていく。


「ひょえー、メイリンはおっかねえなあ」

「え、なになに。魔獣がいたの?」


 改めて見ても、普通の森の中によくある草葉に見える。

 メイリンが何を投げたのかは近寄ってようやく分かったが、何か小さいナイフのようなものだった。それが、凍結した植物の根本に刺さっている。何をしたのかは僕には分からないけど、こんな森の中で魔術のようなものを唱えたメイリンがナイフを投げたということは、僕が分からない中で魔獣を倒したということだろう。


「これは……?」

「魔獣よ。タケル、アンタ襲われそうになってたわよ」

「えっ、本当に? ただの森の植物じゃん。今のって、メイリンの魔術?」


 凍りつき、もろい氷像が割れていくように表面が剥がれていく植物に刺さったナイフを抜き、メイリンが言う。


「そうよ。よく見てみなさいよ。明らかに森の植物とは違うでしょ」


 メイリンが示した先には、ちょっとだけ見た目が他とは違う植物がしおれている。確かに周囲とは少し浮いた感じに見えるが、魔獣と言われてもそうは見えない。


「だって、気配も何もなかったじゃない。植物の魔獣ってそんなもん?」

「植物の魔獣は、普通の獣みたいな魔獣よりもやっかいよ。基本的に自らは動くことはしないで罠を張って待つような奴等だからね。植物の魔獣が発生してから、被害が大きく広がるのに時間がかかるのも、そういう生態が要因よ」


 何事もないように言うメイリン。スライですら魔獣の存在に気付いていたのに、僕はメイリンがそれを倒したことも分かっていなかった。これから奥に進んでいくことに不安を感じながらも、圧倒的な強さを誇るメイリンに、少し依存しているような気もしていた。

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