第47話 葛藤

 王様への謁見が終わったものの、取り残された僕たちには言葉がなかった。

 特に、ダリウスさんが酷い。魂が抜けたような顔、口が開きっぱなしだ。北の戦線に軍を維持するようここまで王様とやり合ってきたのだ、無理もない。


「ダリウス殿――ダリウス殿!」

「――はっ! 飛んでいたわい」


 放心状態の所に、ゼストさんが声をかけたことでようやく意識が戻ったようだ。


「しっかりして下さいよ、ダリウス殿まで呆けてたら王国は終わりですぜ」

「すまんすまん、あまりのショックで……しかしこの状況はまずい。非常にまずい」

「伝令を出して軍を戻せないんで?」

「無理じゃろうな。今は行軍中だし、伝令の鳥を飛ばしても間に合わん。しかも国王からの勅命じゃ。ルシリウスは――あれはあれで結構考えていたのだ。わしとは口論になっていたが最後には聞き入れてくれていた。王国が危機なのも事実であるし、度重なる魔獣の出現で我慢が効かんかったんじゃろう」


 ため息混じりにダリウスさんがそう言う。あんなやり取りの後、いつも喧嘩ばかりしているのに若干王様を擁護ようごしている。きっと本当は仲がいいんだろう。ダリウスさんの語り口からそれが分かる。それだけに、こんな状況になった元凶が僕であること・・・・・・が胸に重くのしかかる。


「では、なんとか陛下を説得して、陛下自身から伝令を出して貰えばなんとかなるのでは? 王国から馬を出せば、行軍中の軍を途中で止めることはできるでしょう」

「マークス殿……そうじゃな、確かに今できることはそれしかない」


 マークスさんも会話に加わり、仲の悪そうな二人でダリウスさんを励ましている。


「儂はルシリウス――陛下を説得する。ちゃんと話せば分かってくれるかも知れん」

「私も同席しましょう」

「俺も行くぜ!」

「マークス殿、ゼスト殿……恩に着る……!」


 三人はそう言うと、王様が引っ込んでいった奥へと進んでいく。

 メイリンと僕は、自然と広間に取り残された。


「メイリン、僕たちは――」

「今はダリウス様に任せましょう。私たちにできることはないわ」

「そうだよね……」


 残ったメイリンと僕はそれだけのやり取りで話を締め、自室へと戻ることにした。謁見の間から外に出て、城内の廊下を歩いている間は会話もなく、僕も僕で自分が犯した失敗が頭の中でぐるぐる周り、それどころではなかった。もう日も暮れようとしていたため、僕の自室の前でメイリンと別れる。


「ふう……」


 自室に入ると、身につけている胸当てなんかを外すこともせず、椅子にどっかりと座ってしまった。今日はとにかく、疲れた。


「タケル、お疲れさん」

「スライ……」


 スライを懐から出すことも忘れていたことに気付き、テーブルの上にスライの入った瓶を置く。瓶の中にふよふよと浮かんでいるスライはいつも通りで、昼間の戦いやさっきの謁見の間でのやり取りを少し忘れることができた。


「やっちゃった――んだろうなあ」

「ありゃ仕方ねえよ。タケルはよくやった。前に出て、メイリンが危ない所を救った時なんて、俺ブルっときたぜ。お前についていくことにして良かった、ってな」

「そんなこと言っても……結局ゼストさんが助けてくれたし」

「そう腐るなよ、できること・・・・・できないこと・・・・・・がある。誰だってそうだ。当たり前のことだろ。要は気持ちだ。あの時、絶対に勝てない敵を前にして、それでも前に出る・・・・・・・・っていう気概が良かったって言ってるんだ。俺はタケルの感覚を共有してるようなもんなんだぜ? 俺の言葉くらいは信じてもいいんじゃないか」


 諭すようにスライが声をかけてくる。きっと慰めてくれてるんだろう。スライの言っていることはもっともだと思ったけど、僕の失態は事実だ。何と返したらいいのか分からず、スライの瓶を手に取り、部屋の外に出た。

 本当はすぐにでもベッドに飛び込みたいくらい疲れていたが、何だか眠れるような気分でもない。昼間の戦いの興奮がまだ残っているし、スライの言葉でも頭の中のもやもやは晴れない。


 部屋を出て廊下を歩いていると、そう言えば城内を自由に歩き回ったことがなかったなと気付いた。この世界に来てから結構な日数が経っているのに、そんなことに気付いたのもようやく今だ。色々なことがあって目まぐるしい日々だったからだろう。

 城外に出るのとは別の方向に歩いていくと、廊下の突き当たる所で外に続いており、出てみるとそこはバルコニーのようになっていた。


「へえ、こんな所があったんだ」

「今のタケルの気分には、夜風が丁度いいかもな」


 結構広いバルコニーだった。二階部分ではあるけど、城の建物は高い。日が暮れても賑わっているのだろう、城下街の灯りが柔らかく広がっていた。


「あそこで――戦ったんだよね、僕たち」

「ああ、そうだ。そして守った。タケル――お前もだ」

「うん……」


 戦いの記憶が蘇る。ゼストさんもマークスさんも凄かった。

 僕だって、メイリンの力を借りたとはいえ、精一杯できることをやった自負もある。それだけに、唯一の失敗ばかりが何度も頭に浮かんでしまう。


「タケル――――」


 バルコニーの手すりにもたれかかり、街をぼーっと見ていた僕に声がかかる。

 振り返ると、普段着のような服に着替えたメイリンがいた。

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