第48話 誰がための勇者

「――休まなくていいの?」


 僕がやってきたのと同じ方向からメイリンが姿を現し、声をかけてきた。


「メイリン――うん、なんだか寝るって気分にならなくて」


 薄手の白いワンピースに、ショールのような布を羽織っている。いつものメイリンとは違い、尖ったような雰囲気は一切ない。いや、メイリンがいつも尖っているわけではないのだが。何だか、普通の女の子のような柔らかい雰囲気がある。いや、メイリンが普通の女の子じゃないと言っているわけじゃないんだが。


「タケル、何を一人でわあわあと言ってるんだ」

「――スライ、心の中を読むのは構わないけど、ちょっと黙っててよ」


 能力アステルのせいとは言え、僕が思っていることを読み取ったスライに文句を言うと、『黙ってますよ』と言うようにふいっとそっぽを向いてしまった。

 僕がもたれかかっている手すりに、メイリンも歩み寄ってくる。


「今日は大変だったから、気持ちは分かるわ」

「大変……そうだね、大変だった。僕は何もできなかったけど」

「そんなことないじゃない。魔獣だって倒したし、それに――」

「倒したって言っても、メイリンが魔術で補助してくれたからだよ。僕一人じゃ手も足も出なかった。そんなこと僕が一番分かってる」


 メイリンの言葉を止め、語気を強くして言ってしまった。

 そんなつもりはなかったのだが、スライならともかくメイリンにまで慰められるのは、なんというか、やるせない・・・・・からだ。当然メイリンだって、王様が言っていたことは、僕が魔獣と戦っていた時のことだと気付いているはずだ。何も言わないのは、僕に気を使っているからだろう。


「何だかもうよく分からないよ。勇者だ何だとはやし立てられて、僕がやったことと言えば、皆を困らせただけじゃないか。やってることがまるでだよ。これじゃ勇者じゃなくて疫病神だ。何だかもう――」

「そんなことないわ」

「えっ?」

「だってタケルは――私を守ってくれた」


 混乱する頭でまくし立てるように喋ってしまったが、メイリンは優しくそれをさえぎり、そう言った。もう日は完全に落ちているが、僕たちのいるバルコニーには灯りが焚かれ、メイリンの顔がよく見える。

 微笑んだ顔に浮かぶ、そのあおの瞳が真っ直ぐに僕を見てくる。


「だ、だからそれはメイリンの魔術で――」

「それでも、よ。タケルは自分を過小評価し過ぎる癖があるわ。力を持った所で、何もできない人は沢山いる。タケル――あなたはいつでも自分に与えられた力で、最善を尽くしているわ。それは本当」


 気持ちに反して出てくる否定的な言葉を、またもメイリンが止めた。

 偽りのない真っ直ぐな言葉で、僕に語りかけてくれる。それを聞いて、僕は何も返すことができない。


「それに、あの時――ほんの一瞬だけど、もうダメかと思って目を開けたら、タケルの背中がそこ・・にあって本当にビックリしたのよ。ビックリして、それで――嬉しかった。ゼスト様も言ってたでしょう。前に出る勇気がなきゃできることじゃないわ。世界を救わなくても、タケルはちゃんと勇者・・・・・・・・・・よ」


 言葉が、じんわりと胸にしみてくる。

 確かに自分に、高望みをしていただけかも知れない。無我夢中で突っ込んだだけだけど、メイリン――目の前の女の子を一人救えたと思えば、僕にしては上出来なのかも知れない。そう思うと、事態に何も変わりはないけれど、少し気が楽になった。


「そっか……」

「そうよ」

「ねえ、メイリン――僕はメイリンの能力アステルで喚び出されたけど、メイリンの能力アステルって、何でそんな力なの?」

「また急ね……タケルには、能力アステルがどういうものかちゃんと説明したかしら」

「うんと、女神様から与えられるもの? っていうことだけ」


 メイリンと話していると段々と気が晴れたため、ふと気になったことを聞いてみた。街での戦いでもマークスさんが複数の能力アステルを使っていたし、そういえばどういうものかちゃんと知らなかったなと思ったからだ。


「まず、女神様と言っているけど、正確には『星の女神様』と言うの」

「星、って夜空の?」


 僕は夜空を指差し、そう聞いた。


「そう。そして、星は人々の願い。力を持たない人間に、願いを叶えるという形で力を与えてくれるから、『星の女神様』と言うのよ。つまり能力アステルは――」

「その人の願いってことか」

「その通り。正確には、願いに沿った力。あるいは願いを叶えるための力、ね」


 メイリンの言葉に、素直になるほどと思った。戦士を志す者は強化の魔術に似た力を貰うというのも納得だ。僕の場合は、分かりやすいけど『言葉の通じない違う世界から来た』からか。そうなると、メイリンの能力アステルは――


「力は失っちゃったけど、私の能力アステルは――なんとなく何でそんな力を女神様が与えてくれたのかは分かるわ」


 表情に影を作るメイリンに、何と言葉をかけていいかは分からなかった。


「誰でも喚び出せるって言っても……本当に会いたい人にはもう会えないのにね」

「それじゃあ僕の前に喚び出したっていうのは――」

「随分昔の話よ、能力アステルを貰いたての時。もしかしたら、お父さんを喚び出せるのか試したくなってね。一度目は、話に聞いていたお父さんのような武勇を持った人、二度目はお父さんの雰囲気に似た人。笑っちゃうわよね」

「そんなことは……ないよ」


 昔を思い出すような目をしたメイリンは、少し目尻に涙を溜めているようにも見える。それでもその涙が落ちることはない。きっとそれを思い出して泣くことは、もうしないのだろう。この世界に来てからずっと一緒にいるけど、強いんだなとこの時改めて思った。


「全く何のためにもらった能力アステルなのか分からないけど、三度目の時は――最初はどうかと思ったけど、私がそんな能力アステルを貰ったことに意味があった・・・・・・ことが、ようやく分かった気がするわ」

「それってどういう――」

「さあ話はもうお終い! 明日も何があるか分からないから、今日はもう休みましょう。タケルだって疲れてるはずよ」

「確かにそうだけど……」

「はい、おしまーい! 寝るわよ!」


 それだけ言うと、メイリンはさっさと城内に戻って行ってしまった。

 取り残された僕は、何とも歯切れの悪い気持ちが残る。


「タケル……俺がいることを忘れるなよ」


 胸に違うモヤモヤを抱えた僕に、スライがじとっとした声をかけてきた。

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