第20話 仲間になりたそうに

「何だお前さん、本当に俺の言ってることが分かるのか?」

「うわっ、びっくりするから急に動かないでよ」


 水たまりの前に行き声をかけると、真ん中あたりが僕の方ににゅーっと伸びてきた。よく見ると、その伸びてきた部分の中心には丸くて黒いものがある。


「ちょっとタケル、何してるのよ! それ魔獣よ!?」

「メイリン、だからちょっと待ってよ。何かコイツが言ってることが分かるんだ」

「はあ? ちょっと変なこと言わないでよ」

「だから本当なんだって……」


 拳を固めて今にも飛びかかりそうなメイリンをなだめる。


「一体何なんだ、お前さん。俺の言葉が分かる人間なんて見たことないぞ」

「いや、でも分かるものは分かるんだから……君こそ何者?」

「だからスライムだって。お前さんたち人間が、魔獣・・って呼んでるやつだよ」

「スライム……やっぱり魔獣なんだ」

「だから、魔獣だって言ってるでしょ」

「ちょっとややこしいから一旦黙っててよメイリン……」


 いちいち割り込んでくるメイリンにそう言うと、「もう知らない!」と言うように顔を背けてしまった。後が怖いけど、今は仕方ない。


「ごめんごめん。で、スライムだっけ? 何で君は喋れるの?」

「いや、俺からしたら俺の言うことが分かる人間の方が驚きだけどな」

「多分だけど……僕の能力アステルのせいかな。あ、能力アステルって言って分かる?」

「当たり前だろ。人間だけが持ってるずるい能力な。それにしても珍しい能力を持ってる奴もいるんだなあ」

「僕としても不本意なんだけど……」


 話してみて分かったけど、僕がさっきまで戦っていたディグドッグと違って、目の前の魔獣――スライムは襲い掛かってくる様子もない。恐らく、話ができているのは自分で言った通り能力アステルのおかげなんだろうけど、それにしてはディグドッグなんかの言葉は分からなかったし、妙だ。


「僕の能力アステルで喋れてるとして、何で君自身は言葉を喋れるの? 他の魔獣とは喋れなかったけど」

「あー、そりゃアレだな。俺が意識を持ってる・・・・・・・魔獣だからだな。他の奴はダメだぞ、話どころか人間を襲うことしか考えてないからな」

「そういうもんなんだ。スライムだっけ? 君みたいな魔獣はみんな喋れるの?」

「いや、俺みたいなのはほとんどいないよ。俺も、俺みたいな奴とは一度会ったっきりだな。普通の魔獣じゃない、突然変異ってやつかな」


 スライムは僕たちが襲ってこないことを悟ったのか、落ち着いた口調で話している。魔獣にしては、と言うのもなんだけど、随分と流暢に話すもんだ。


 さっきまで目が合えば襲ってくるような敵ばかりだったからか、こんな理知的な魔獣がいるとは驚きだ。話し方も、心なしかオッサンっぽい。


「ちなみに君、どうやって話してるの?」

「何て説明したもんかな。俺たちスライムは念信・・って言って、音を介さずに意思疎通ができるんだ。多分だけど、お前さんにはそれが聞こえてるんだと思うぜ」

「へえー。随分便利なもん持ってるんだね」

「まあな。だから、後ろにいる娘さんには、お前さんが独り言を喋ってるように見えてるぜ、多分」


 スライムの言葉に、後ろにいたメイリンの方を向くと、腕を組んで不機嫌そうな表情のまま、冷たい視線を向けてくるメイリンがいた。確かに、スライムが言っている通りかも知れない。


「そ、そうかもね。そういえば、君は魔獣だけど僕たちを襲わないの?」

「襲うもんかよ。この辺にいる人間に襲いかかりでもしたら、自慢じゃないが一撃でやられるわ。それに、人間を襲う趣味はないねえ」

「そういうもんなんだ」

「ま、魔獣にも色々あるってこった。大体の奴は魔力で頭がやられ・・・ちまってるから、俺くらいかも知れないけどな」


 ひとまず敵ではないことが分かった。

 しかしどうしたものか。敵じゃないと言ってるけど、魔獣は魔獣だ。倒さなきゃいけないんだろうか。少なくとも、話が通じて敵じゃないって言ってるやつを倒すのは嫌だな。


「で、お前さんどうするんだ? 俺を倒すのかい?」


 そんな僕の気持ちを察したかのように、スライムの方はいさぎよいことを言ってくる。まるで江戸っ子のような気持ちの良さだ。


「いや、少なくとも僕は倒したくないな……」

「甘ちゃんだなあ、こう見えても俺は魔獣だぜ? 後ろの娘さんなんて、今にも飛びかかってきそうなギラギラした眼してるぜ? おー怖」

「メイリンのことはいいから……うーん、どうしようか。見なかったことにしてもいいかな?」

「はあ?」


 変なやり取りを続けているが、正直見なかったことにしたかった。

 なんだか良いやつそうなので、自分で倒したくもないし、メイリンが倒すところも見たくはない。


「……ぶっ、ぶははははっ! お前さん変な奴だなあ!」

「わ、笑わないでよ。お互い様でしょ!」

「ああ、そうだな。お互い様だな……」


 僕の反応を見て、スライムが突然笑いだした。いや、僕にだけ聞こえているらしいから、笑ってるとは言えないかも知れない。

 よくよく見てみると、僕の方に伸びている水のような物体、その中心にある丸くて黒いものには小さな白いがあり、笑い声と一緒にそれがぱちくりと開いたり閉じたりしている。何だか可愛いかも知れない。


「――よしっ、決めた! 俺をお前さんの仲間にしてくれよ!」

「え、えええっ! それはまずいでしょ!」

「何でよ、いいじゃねえか。俺も結構人間に興味があるんだよ」

「いや、いやいやいや。困るって。絶対、メイリン怒るし」

「そこはお前さんが何とかしてくれ! もう決めたから俺はついてくぜ!」

「え、ええー……」


 こちらの会話が分からないメイリンの方を見ると、益々怪訝になった視線をぶつけてくる。スライムの方に向き直ると、何だか踊っているようにむにょむにょと動いていた。そして、仲間になりたそうに視線をこちらに向けてくる。


「えっと、君。名前はなんて言うの?」

「名前なんて特にないんだけどなあ。まあ、ないと不便だな。そうだな……」


 考えているのか、少しの間がある。


「……『スライ』なんてどうかな!」

「結構かっこいい名前つけるんだね……」

「だろう!」


 僕の気持ちの入っていない反応にも、目の前の魔獣――スライは嬉しそうにする。

 初めての魔獣討伐の日、何の縁かは分からないが仲間が一匹できた。

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