第三章 脅威の影

第21話 王都に響く悲鳴

「メイリンさん、お疲れ様です」

「どうも。私はいいから、こっちの――タケルの成果を確認してちょうだい」

「わかりました」

「え、成果って何?」


 僕とメイリンは魔獣討伐の後、街に戻り、汚れを落とすこともなく狩人ハンター組合ギルドに直行した。

 そんな僕らを迎えてくれた、行きも話をしたスキンヘッドのギルドの職員――筋肉さんの所に来ていた。メイリンと筋肉さんが何やら僕には分からないことを話しているが、筋肉さんは構わないと言うように僕の手を取ってぼそぼそっと呟いた。


記録探知トレース・ログ


 筋肉さんが魔術の名前のようなものを唱えた瞬間、僕の手の先に何か違和感のような感覚があった。恐らく魔術なんだろう。ということは、筋肉さんがぼそぼそ喋っていたのは、詠唱だ。ギルドの職員の筋肉さんですら、メイリンのような詠唱ができることに衝撃を受けてしまった。


「はい、ありがとうございます。百五十と少しですね。結構倒しましたねえ」

「そんなもんかあ。タケル、明日は倍は倒すわよ」

「えっ、嫌だよ! というか何これ、僕が魔獣を倒したのか分かるの?」

「そういう魔術よ」

「タケルさんは記録探知トレース・ログを知らないんですか。珍しい方もいるもんですね」

「……田舎の出身なのよ」


 メイリンは説明するのが面倒というように筋肉さんをあしらっているが、何とも便利な魔術があったもんだ。確かに魔獣が死ぬと霧散するような存在である以上、倒した証拠なんか作りようがない。


「依頼のディグドッグ討伐の記録は見せてもらいましたが……最後に変な記録が残っていますね。スライムに遭遇したんでしょうか? 倒してはいないようですが」

「あ、ああそれね! ちょっと疲れてたから見逃してきちゃったのよ!」

「それも分かるんだ――ぐはっっ」

「何か?」

「い、いやいや何でもないわよ!」


 スライに出会ったことまで分かるのだと思わず口にしてしまったが、そんな僕の脇腹にメイリンの肘が刺さる。僕が悪いけど、何も肘鉄を食らわすことはないだろう。


「そうですか。報酬はどうされますか? ディグドッグの討伐なので……大した報酬にはなりませんが」

「今回はいいわ。それじゃあまた来るから」

「分かりました。お待ちしております、メイリンさん」


 そう言ってメイリンはさっさと外に出ていってしまった。

 筋肉さんにぺこりと会釈をし、僕も慌ててその背中を追う。


「ちょっとちょっと、待ってよメイリン」

「はあ……生きた心地がしなかったわ。あのねえタケル、魔獣を街に入れた・・・・・・・・なんて知れたら大変なことになるんだからね!」

「ご、ごめん……」


 狩人ハンター組合ギルドを出てから、メイリンは早足で街の中心の方に向かっていった。広場にある噴水の脇に腰掛け、一息ついたようにそう言う。


「いくら魔獣だからって瓶に詰めるこたあないだろ」


 僕の懐の中・・・から声が聞こえる。

 声に応じるようにして懐から取り出した一つのを、メイリンが腰掛けている噴水のへりに置いた。


「ちょっとこんな所で変なもの出さないでよ!」

「め、メイリン。人聞きが悪いよ!」


 メイリンの傍から聞いたら誤解されそうな声は幸いにも周囲には気づかれなかったが、とんでもないことを言ってくれたものだ。


「全く、お前さんたちは仲がいいな」

「スライも変なこと言わないでよ。どう見たら仲が良く見えるんだよ」


 僕が置いた瓶から声がする。瓶に入った半透明の液体には、丸く黒いものが浮かんでいる。

 僕らの仲間になりたいと言ったスライをどうしたもんかと思い、水を入れていた瓶に詰めてきたのだ。瓶の中で丸く黒いものがゆらめいているので、一見するとマリモ・・・のようだ。


 ちなみにスライを瓶に詰める時、スライの体を構成しているような粘度のある液体は全部入らなかったのだが、どうやら真ん中の黒い部分がスライの本体であり、問題ないそうだ。何が問題ないのかは分からない。


「スライも敵じゃないみたいなんだから、いい加減許してよ。メイリン」

「それはもういいけど、人目が気になるのよ。魔獣を街に入れるのは重罪なんだから」

「そ、そうだったんだ。ごめんて――」


「キャアアアアァァァーーーーー!!」


 僕らの会話を遮るようにして、叫び声――女の人の悲鳴が聞こえた。

 スライの存在が周囲にバレたのかと、慌ててその声の方を見る僕とメイリンだったが、どうやら悲鳴は広場の奥、その先に続く道の方から聞こえているようであり、広場にいた周囲の人たちもそっちの方を見ている。


「えっ、何!?」

「タケル、行くわよ!」

「行くってどこに!? ちょっと待ってよ!」


 叫び声が上がった方にメイリンが駆けていく。

 僕もスライを懐にしまい、それについていくのだが、進むにつれて騒ぎが大きくなっていく。


 ――あれは。


 僕たちが走っている道の先には、壊れてメチャクチャになった露店が見えた。

 そしてその脇には、巨体の獣――どう表現していいか分からないが、二本足で仁王立ちをしているがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る