第19話 悪くないスライム

「はあ……はあ……はあ……も、もう限界……」

「まあこんなもんかしらね」


 魔獣であるディグドッグの群れを初めて倒した時には、それなりに感慨があったものの、僕の心からは既にそんな気持ちは薄れつつあった。

 スィスモス山に臨む平原、僕はメイリンとひたすら・・・・魔獣狩りに励んでいた。というよりは、メイリンに言われるがままに周辺のディグドッグを狩り続けていた。

 途中から数えるのを諦めたけど、百匹は優に超える数の魔獣を倒しているだろう。


「いくら魔獣ったって、こんなに倒す必要あるの……?」

「何言ってるのよ。訓練だって言ったでしょ。それに、魔獣なんて百害あって一利なしなんだから、いくらでも倒してもらいたいものよ」

「そ、そっか……でももう限界……」

「だらしないわねえ」


 一度倒してみれば、確かに言われた通り大したことのない魔獣だった。

 群れで襲いかかってくるのには困るけど、一体一体は怖くない。何度か噛みつかれたけど、強化の魔術の効果は確かに絶大で、腕や足に噛み傷がついてちょっと血が出ただけだった。


 最初は一回の戦闘毎に休まなければいけないほど魔力を使っていたけど、今では強化の魔術を維持しながら二、三回の戦闘をこなせるようになっていた。慣れって怖い。


「いや、何て言われてもいいけど、もうホント限界」

「分かったわよ、結構時間も経ったしね。ぼちぼち街に戻りましょうか」

「え、ホント?」

「何よ、結構余裕ありそうじゃない」

「いや、ないない! ホントもう無理!」


 広大な草原には、僕とメイリンの二人だけだ。

 メイリンが言うには、普段だったら岩山のスィスモス山周辺のこの辺りには、ちらほら人もいるということだったけど、今は僕が必死に倒したディグドッグが大量発生しているため、ほとんど人がいないだろうということだった。

 それにしても、ギルドに依頼が出てたくらいなんだから、僕と同じように魔獣討伐に来ている人がいてもいいのだけど、よほど人気がない仕事なんだろう。そんなようなことを、メイリンも言っていた。


「それじゃ戻るわよ」

「あー疲れた……」

「明日も同じ仕事を受けるわよ」

「えっ」


 疲れが顔に出てるのを隠そうともしない僕に、メイリンが絶望的な言葉を投げた。

 正直、これ以上何か言うと余計酷いことになりそうなので、街に戻ろうとするメイリンの後を黙ってついていくことにした。


 僕たちが魔獣討伐をしていたスィスモス山のふもとの草原地帯は、街から少し離れていた。街に向かう途中にはところどころに森のようになっている所があり、遠くに湖も見える。


「そういえば、ひたすらディグドッグを倒してたけど、魔獣って他にはいないの?」

「他にもいるわよ。たまたま最近この辺りにディグドッグが大量発生してるから、他の魔獣が追いやられてるのかも知れないわね」

「ふーん、縄張りってやつか」

「そうなんだよ、俺達も困っちゃってるんだよね」


 僕たちは森を沿うようにして街に続いている道を歩いていた。


「――メイリン、何か言った?」

「だから他の魔獣が追いやられてしまってるかも、って」

「いや、その後」

「何も言ってないわよ」

「やだなあ、人間だよ。見つかったらヤバいなあ」

「ん?」


 メイリンと喋りながら歩いているのだが、さっきから妙な声が聞こえる気がする。

 その場で立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回す。気のせいか、森の方から声が聞こえたような気がした。


「さっきから何か聞こえない?」

「やだ、タケル。疲れて変になっちゃった?」

「いや……酷い言いようだな」

「勘弁しろよ、さっさと行っちまってくれよ」

「ほら、また」


 今度ははっきりと聞こえた。

 声の方――森の木の奥の方を見ると、水たまりがあるだけで何もいない。


「何言ってるのよ、何も聞こえないわよ」

「おかしいなあ、確かに聞こえたんだけど――」

「タケル、止まって!」


 森の方に向かう僕をメイリンが焦ったように呼び止めた。


「え、何?」

「――それ、魔獣よ」

「え? 何? どれ?」

「はわわわわわ、見つかっちゃったよ……」


 メイリンが声を上げた瞬間、水たまりがゆっくりと森の奥に向かって動いている・・・・・のが見えた。僕の耳には、確かに水たまりの方から声が聞こえた。


「タケル、下がって。結構危険な魔獣よ」

「え、魔獣? どこ?」

「ふるふる。俺、悪いスライムじゃないよ」

「え、スライム?」

「何よ、スライム知ってるの? とにかく倒すわ、タケルどいて――」

「メイリン、ちょ、ちょっと待ってよ」


 森の奥へとずんずん向かっていくメイリンの肩を掴んで止めた。

 急に僕に肩を掴まれたメイリンは「何よ」という顔で僕を見る。


「なんか、アイツの声が聞こえるんだ。ねえ君、僕が言ってること分かる?」

「何言ってんのよ、アンタ……」


 メイリンを後ろにやり、森の奥に声をかけた。僕の行動を変なものを見るようなメイリンの視線を感じるが、一旦無視だ。


「待ってくれよ、倒さないでくれよ」

「倒さないよ。君、僕が言ってること分かる?」

「何だ何だ、お前さん。俺が言ってることが分かるのか?」

「分かるよ。何で君喋れるの? というか、君は何?」


 森の奥にじりじりと移動していた水たまりが止まり、僕に声を返してきた。

 その水たまりが再度、僕に言う。


「俺は悪くないスライムだよ」

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