第52話 迫る炎弾

「メイリン、こいつはちょっとレベルが違う! 下がってろ!」

「ゼスト様……」


 ゼストさんをサポートしようとした攻撃を軽くあしらわれ、いよいよメイリンも見ているしかできないように動きを止めてしまった。ゼストさんやマークスさん程ではないけど、かなりの実力を持っているメイリンですら、その戦闘に加われない。


 離れていたメイリンですらその圧に怯むレフの炎を、間近で受けながら戦闘を続けているゼストさんも異常だ。能力アステルによる強化が凄いのか、その肉体の強靭さが並外れなのかは分からないが、レフが繰り返す炎弾を何度か体に受けても戦闘を続けている。


「はっ。テメエ、景気よく炎を出してくれるが、スタミナが限界・・・・・・・なんじゃねえの?」

「舐めてもらっちゃ困るぞ、ゼスト隊長殿? お前一人道連れにすりゃあ大金星よ」

「俺は倒せる、ってか。強がるじゃねえの――よっ!」


 最早、瓦礫の山となった街の中心の広場で、二人は笑いながら戦っている。

 ゼストさんは表情には出さないが、さっきから致命傷ではないとは言え、傷を負っているのはゼストさんの方だ。敵の動きは素早く、ゼストさんの剣はレフに傷らしき傷を作ることができていない。


「メイリン、どうしようもないけど……ゼストさん大丈夫なのかな」

「思ったより――というか、異常なまでに強いわアイツ……」

「じゃあやっぱり――」

「でもゼスト様の言う通り、あんな魔術の使い方してたら魔力なんてすぐに切れるわ。アイツ、死ぬ気・・・なんでしょうね」


 二人の戦いに手出しをできないため、その光景を見ながらメイリンと言葉を交わす。


「えっと、どういうこと?」

「セレーネの民にとって、魔力の枯渇はすなわちよ。勿論、普通の人間より魔力量は多いし、普通に魔術を使ってる分にはそんなことにはならないけど……あれはどう見ても異常よ。恐らく、ここを死地・・にするつもりなんでしょう」

「魔力がなくなったら死ぬ、って……」


 ゼストさんを相手にして尚優位に見えたレフだが、メイリンの言葉によれば、その実は追い詰められているということだ。ゼストさんは傷を追い続けているが動きは変わらない。言われてみれば、そのゼストさんに魔術を使ってようやく対抗できている、というようにも見える。


「うおらあああああっ!」

「ちっ、よく動く……」


 ゼストさんの猛攻にレフは防戦を強いられる。広場を縦横無尽に動いているように見え、次第に追い詰めていくようにゼストさんが動いているのが見て取れた。


 後退しながら炎弾を放りゼストさんを牽制しているが、左右にと躱しながらレフに迫っていく。


「おらあ、これで終わりだ――――くっ、またか・・・!」

「はっはぁあー、ようやく引っかかってくれたか。追い詰められる演技も大変だな」

「嘘つきやがれ、マジ・・だったろうが」

「言ってろ――」


 レフの炎弾を横に飛んで避けたゼストさんの動きが急に止まった。

 恐らくさっきも見た、レフの魔術の罠だ。


 完全に動きを止めながらも苦し紛れの言葉を吐くゼストさんに、レフが地面を蹴り迫る。その手には、小ぶりの剣が光っている。


「まずいわ――ダメっ、間に合わない――」


 ゼストさんがレフの罠にかかるのを見て、すぐにメイリンも駆け出すが遠すぎる。とてもじゃないが、レフの刃がゼストさんに到達するのを阻止できる距離じゃない。


 動きを止めたままのゼストさんは向かってくるレフを真っ直ぐ見据え、そして吠えた。


「ナメてんじゃねえぞおおおお!!」

「くたばれや――――」

「ゼスト様っ!」


 メイリンの悲痛な叫びも虚しく、レフの剣はゼストさんを貫いた。


「やった、ゼストをやった・・・・・・・ぞ! ざまあみやがれ――ぐっ! て、テメエ…………何で動ける……」

「ちょこまかと五月蝿うるさかったが、ようやく・・・・捕まえたぜ……」

はりつけの魔術をかけられながら動くなど……テメエどうやって――」


 剣で貫かれながらも、ゼストさんがレフの首根っこ・・・・を掴んでいる。

 見ると剣はゼストさんの肩口に刺さっており、すんでの所でギリギリ致命傷を避けたのか。全身を硬直させて動きを封じるような魔術をかけられたゼストさんが、それを脱した方法は――


「んなもん、気合に決まってるだろうが!!」


 ゼストさんは高らかに叫ぶ。


「ふざけやがって……バケモン・・・・かテメエは……」

「何とでも言え。これで終わりだ――おらああああっ!」


 剣の柄を握ったで、ゼストさんが殴りつける。吹っ飛び、荒れ果てた広場を転がるレフは、広場の反対側にある建物の壁にぶつかり、ようやく動きを止めた。


 ゼストさんの一撃を受け、死んだかのように見えたレフだが、震える足でなんとか立ち上がる。


「はあ……はあ……それで勝ったつもりか――このクソ野郎がああああ!!」


 渾身の拳を食らって尚も立ち上がったレフは、両手を掲げ、最初に見た時よりも遥かに巨大な炎弾を作り出す。


「最後っ屁か。いいぜ、受けてやる――」

「死ねやあああああああ!!」

「ゼスト様、ダメですっ!」


 炎弾がゼストさんに向かって落ちてくる。

 剣を構えたゼストさんも、避けることなどはなから頭にないようで、真正面から迎え撃つように駆け出した。メイリンの静止の叫びも虚しく響く。


 炎弾に向かって高く跳び上がる。

 両手で振りかぶった大剣で、その炎弾を真っ二つに・・・・・斬った。


 二つに分かれた炎の塊は、地面に落ちると同時に爆発するが、立ち込める土煙の中、ゼストさんは尚もレフに向かって歩いていく。


「何だ……そりゃ……マジにバケモン・・・・だな、クソが」

しまいだな。何か言い残すことはあるか」


 ゼストさんがもはや立っているのもやっとというレフの方に、ゆっくりと歩み寄る。

 魔力を使い果たしたのか、レフの顔や体はぼろぼろと崩れ始めているようで、戦う力も残っていないだろう。ゼストさんもトドメを刺すというよりは、全力で戦った相手の最後の言葉を聞こうとしているように見える。


「言い残すことね……別にねえよ。ゼスト、テメエはマジに強かったけど、最初に言った通り、俺たちの勝ち・・・・・・だ」

「そりゃ、どういう意味だ」

「じきに分かるだろうが……こうも馬鹿馬鹿しくなるようにつええやつと戦って、何だか気分もいい。教えてやるよ。テメエの言うとおり、俺は捨て駒・・・だ。陽動だよ。今頃、北の防衛線を突破した本隊がこの国に向かってる。俺の最後の・・・仕事は、ここで暴れて軍を動かさせ、一時いっときでも防衛線を薄くすることだ。テメエは強かったが、テメエんとこの間抜けな王様・・・・・・はまんまと引っ掛かってくれたから助かったぜ」

「何だと……」

「もはや守りようもないとは思うが、まあ頑張れや。俺は死ぬが……最後に楽しい思いができてよかったぜ――」


 言葉の途中で、レフの体は崩れ始め、程なくしてちりと化した。


 レフの最後の言葉に唖然としているゼストさんを始めとした僕たちの目に、城の方から駆けてくる兵たちの姿が見えた。

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