第六章 決戦
第50話 セレーネの民
広場に単独で立ち尽くしている男に、兵たちは剣を抜き放って構えを取った。魔獣を
「テメェその見た目……
「その通りだ」
「随分開き直ってくれたもんだね。君はこの数の兵、そしてこの
「そうだな……周りの雑兵はどうでもいいとして、ゼストにマークス……ローデンベルグの英雄だな。俺一人で相手をするのはちょっと無理そうかな」
聞き覚えのある単語が出た。セレーネの民――皆が北の蛮族と言っていた他国の人間だ。それが犯人と認めたということは、王様が言っていたようにやはり北のスパイということなんだろう。
「随分余裕こいてるな。今から
「ははっ、まさか。俺の役割は――まあそんなこと言わなくてもいいか。せっかくの
男は何かを言いかけたが、言葉を止めて両腕を高く上げた。何も口にはしていないが、その動きに応じるようにして広場内で叫び声が上がり始めた。
「俺の可愛い魔獣共も最後に一暴れしたいってよ。お前らの相手は俺がしてやる」
叫び声の方を見ると、広場のあちこちで魔獣が出現し始めていた。商人が使っている荷馬や牛が次々に異形へと変化していく。目の前の男が、街に魔獣を持ち込んだ者ということで疑う余地もないだろう。
「ちっ、面倒くせえ。おい、マークス! お前は周りの魔獣を始末しろ! コイツは俺がやる!」
「そうやって美味しいトコを持ってくんだよねえ、君は……まあ私と君の仲だ。あえて君に
「
「はいはい……」
男を取り囲んでいた兵たちは、すでに広場内の魔獣の対処に向かっていたが、その後を追うようにマークスさんも近くにいた魔獣に斬りかかる。
広場の中心には、男とゼストさん、それにメイリンと僕だけが残っていた。
「ふうん、お前が一人で相手してくれるのか。二人がかりだと厄介だったから助かるよ」
「ぬかせ。テメェなんぞ俺一人でも十分だ。まあその馬鹿みてえな勇気だけは買ってやるよ。名前くらいは聞いておいてやる」
「セレーネの民、名はレフだ」
「ローデンベルク近衛隊長、ゼスト・ジラールだ。家名はないのか?」
「家名は捨てた。ここに来る前にな」
「ふん、捨て身ってか。いい心掛けだ」
ゼストさんと男――レフという名のセレーネの民の男は互いに名乗り合う。戦いが始まる前の空気がピリピリとこちらに届き、ゼストさんが構えるのを真似て、僕も剣を手に取った。城門を出る時に強化の魔術の使用、メイリンにも魔術をかけてもらったので準備は万端だ。
「いくぞおらぁっ!
「ゼストさんっ!」
雄叫びを上げながら
金属同士がぶつかり合う音が広場に響く。
「くっ――」
「何だお前、奇襲が失敗しちまったよ」
とっさに前に出て、レフの一閃を間一髪、剣で受け止めた僕だったが、見た目に反してのものすごい力に、今にも弾き飛ばされそうだ。僕のことに今気付いたかのようなレフの声が聞こえてくるが、必死に食い止める。
「ゼスト様っ! ――
「すまねえメイリン。この野郎、ふざけた真似を――おらああああっ!」
「おっと、怖い怖い。まるで魔獣だな」
メイリンが魔術を唱えた後、突進するゼストさんの一撃を見てレフが身を引く。
名前の感じからして、何かを無効化するような魔術だったが、ゼストさんが急に動きを止めたのは敵の魔術のせいだったのだろうか。レフの様子をずっと見ていたけど、魔術を唱えた様子なんかなかった。
「今のでゼスト一人でもやれたら少しでも勝ちの目が出たんだけどな。仕方ない――暴れさせてもらうよ」
「――ゼスト様、タケル! 下がって!」
レフの言葉に何かを感じたのか、メイリンが叫ぶ。
指示された通りに地面を蹴って後ろに飛ぶが、その次の瞬間僕たちが立っていた広場の石畳が、
「うわわわわっ――メイリン、どういうこと!? これも魔術なの!?」
「――セレーネの民は、
そんなの反則だろと思ってしまうようなメイリンの言葉だったが、今はただそれを受け入れるしかない。
もうもうと広場内に立ち込める土煙の奥、セレーネの民――レフはまたも不敵に笑う。
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