第16話 ディグドッグ
人を襲う、凶暴な魔獣と言われる生き物。
僕の視界に入っている
いや、正確にはちょっと違う。
僕が知っているプレーリードッグは、あれは確かリスの仲間かなんかだ。
視線の先にいるやつは、ぴょんと直立している先端が尖った耳を持っている。名前が――ディグドッグと言ったか。確かに犬なのかも知れない。
だが、耳以外の特徴は、僕の知るプレーリードッグのそれだ。
「あれが……魔獣? 可愛くない?」
一体のディグドッグが、広大な草原地帯にちょこんと座るようにしている。
前にメイリンに説明してもらったスィスモス山が奥に見え、一見のどかな草原が広がっているように見える。
前足を
「可愛いけど、見かけで判断しないでよ」
「可愛いことは認めるんだ……」
僕の横にいるメイリンは何かを警戒しているのかきょろきょろと周囲を見回している。魔獣との戦いというから緊張していたものの、緊張感のない見た目の敵に僕の緊張感までもが持っていかれる。
「まあ、あれだったら大丈夫そうだな。ちょっと可哀想だけど、倒せばいいんでしょ?」
「それが仕事よ……って、ちょっとタケル一人じゃ――」
「えっ?」
あれなら僕でも倒せそうだと思い、
メイリンの呼び止める声とほぼ同時に、僕が視認していたディグドッグがキャンキャンという犬のような声で鳴き始める。
「え……ちょ、ちょっ待って……えええーーー!」
一匹のディグドッグの鳴き声に反応するように、その後ろから数匹、別の場所から数匹のディグドッグが顔を出し、僕の方へと駆け寄ってくる。
急な歓迎に逃げようと後ずさるが、犬のような走り方で迫ってくるディグドッグ達の動きは早い。土煙を上げながら、集団が僕に襲い掛かってきた。
「ちょっと待ってって――」
先頭の一匹が僕に飛びかかってくるのに思わず怯んで体が硬直してしまう。ディグドッグは文字通り
あわや噛みつかれると思った瞬間、横からぬっと出てきた足が敵の顔面を捉え、一体のディグドッグがバットで打たれたボールのように逆方向に飛んでいく。
横から出て来たのは当然だが、メイリンだ。
手には武器の一つも持っていないが、次々と襲い掛かってくるディグドッグの集団を徒手空拳で全て撃ち落としていく。
「す、すごい……」
メイリンの手により、ものの一瞬でディグドッグの集団は壊滅した。
「待ってって言って、待ってくれる敵がいるわけないでしょう」
「あ、いや、そうなんだけど……ごめん、助かった」
あれだけの数がいたディグドッグだが、今目の前の草原には何も見えない。
メイリンが片っ端から叩いていく
「あ、あの、さっきの敵はどこに?」
「魔獣なんだから倒したら消えるに決まってるでしょ――って、タケルは知らなかったのよね。いちいち面倒ね。魔獣は普通の生き物と違って、死ぬと消えるのよ」
「そんな馬鹿な」
そんなゲームみたいなこと言われてもと思ったが、メイリンの顔は真面目だ。
死ぬと霧散して消える生き物なんて、ありえるのか。
「……もう少し説明しとくわ――」
口にした通り『そんな馬鹿な』と顔に書いてあるような表情してしまったせいか、メイリンが補足のように説明をしてくれる。
魔獣というものは、普通の生き物が過度な魔力をその身に溜めてしまった際、魔獣へと変貌するという話だった。かつ魔獣へと変貌する過程で、肉体が体内の魔力に依存するような造りになるらしく、絶命するとその魔力の繋がりが解かれるため、肉体が霧散しているように見える、ということらしい。
と、聞いたままの内容を
魔力に依存する体の造り、とはなんのこっちゃ。
「……分からないって顔してるわね。とにかく、めっぽう魔力を持った凶暴な生き物ってことよ。魔獣化すると魔力量に比例して力が強くなるから注意が必要。しかもそんな状態にも関わらず、繁殖はできるっていうんだから厄介な存在よ」
「は、はあ。そうなんだ」
普通の生き物が魔獣化すると言っていたけど、繁殖を続けて普通の生き物のように世代交代をしている魔獣もいるらしい。地域によっては力の強い魔獣が縄張りを作ってしまうこともあり、この世界には魔獣のせいで開拓ができない場所や、未踏の領域が多々あるそうだ。
そんなメイリンの話をうんうんと聞く僕だが、少なくともあんなプレーリードッグみたいな魔獣も倒せない僕には当分縁のない話だろう。
「さて、無駄話は終わりよ。さっそく訓練を開始しましょう」
「えっと、さっきのを僕が倒すってこと?」
「そう言ったでしょ」
先程見たディグドッグが牙を剥いている姿。愛らしい見た目が一転、凶暴な獣の顔になったのを見て、本当に僕に倒せるのかとお腹が痛くなってきた。
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