第17話 強化の魔術

 だだっ広い草原。そこに一匹のディグドッグが座っている。

 デジャブのような牧歌的な光景だけど、先程のひと悶着の後、メイリンに連れられ場所を少し移動している。


 魔獣に完全に日和ひよってしまった僕に、まずは単独の敵を倒してみようとメイリンが提案した。

 その時の『面倒くさい』というメイリンの表情は言うまでもないが、集団のディグドッグが牙を剥いて襲い掛かってくる光景が若干トラウマになりかかったので、僕としては大変有り難い話だった。


「まずは強化の魔術を使って」

「え、ここでいきなり? できるかなあ……」


 メイリンは僕にそう言う。

 実は僕はダリウスさんとの特訓で一つだけ・・・・魔術を教わっていた。メイリンが言うように、強化の魔術だ。


 魔術を使うのに慣れていない僕は、ひたすら体力トレーニングをしていたのだが、そのトレーニングの際もこの魔術を使っていた。

 と言うのも、使用中ずっとガリガリ魔力を削られるものであるらしく、戦闘中など体を動かしている時は特に魔力の消費が多くなるようで、体を動かしながら使うように言われたのはそういった意味かららしい。話しぶりからすると体力をつけることも意味があるようだったけど、恐らくは魔術を使うことに慣れるのが主題だろうと思っていた。そうでも思わないとやってられない。


 魔術を使っている時は、訓練場を一周走るだけで目眩が起こり、すぐにぶっ倒れてしまった。魔力を使いすぎるとそういった症状が出るらしい。

 ある程度慣れると魔力消費の割合や魔力回復の速度が向上するらしく、慣れるまではひたすらその訓練をするということだったが、ここにきての実戦でいきなり使えと言う。メイリンもスパルタ方針なのか。


「タケル……詠唱、覚えてるわよね?」

「も、もちろんだよ!」

「じゃあやってみて」

「うっ……」


 魔術を使うのには詠唱という口上のようなものが必要らしく、ダリウスさんに教えてもらった。何故かそこだけは非常にファンタジー感がある。しかし、ド真面目に詠唱するというのは中々に気恥ずかしく、かつ普通に覚えづらい文章だったので正直ちゃんと覚えていない。


「はやくやりなさいよ。魔獣に見つかるわよ」

「分かったよ……えーと……大地を守りし者――」

「最初から違うわよ。やり直し」

「違ったか。ごめん、正直言うとちゃんと覚えてないから、ダリウスさんみたいに一緒に唱えてくれないかな」

「アンタねえ……今回だけよ。ちゃんと覚えなさいよ、基本中の基本なんだから」


 喋り方がよりキツくなるメイリンだったが、まさか冒頭から間違えるとは我ながら思っていなかったので、苦笑いしか返せない。

 メイリンがすぅっと息を吸い、綺麗な声で言葉を紡ぎ始めた。


「――地を固め守りし者」

「地を固め守りし者……」


 メイリンの詠唱が始まり、僕もそれに続く。

 メイリンは一節ごとに区切って、僕が復唱するのを待ってくれているようだ。それにしても、地を固め守りし者って誰のことだろうか。


「我らがいにしえの盟約に従い――」

「我らが古の盟わく・・・に従い……か、噛んじゃった」

「――オイ」


 こらえきれずというようにメイリンのツッコミが入る。


「噛んだら、ダメ?」

「ダメに決まってるわよ」

「決まってる、かあ……」

「いい加減にしないと私でも怒るわよ」


 メイリンの周囲をまとう空気が冷たい。ように見える。

 いい加減ちゃんとしないとブチ切れられると察した僕の脳みそがフル回転し、口上を思い出した。人間、窮地に立つと何とかなるものだ。


「ご、ごめん。ホントごめん、思い出したよ! 今度は一人でできるから!」

「アンタ、わざとやってたら承知しないわよ」


 沸騰しかけているメイリンを慌てて冷やしにかかる。

 一息つき、頭に蘇った詠唱文を詠み上げる。


 ――地を固め守りし者、我らがいにしえの盟約に従い

 ――寛容なる汝の豊穣の力、この一刻ひととき我に与え給え


「――身体強化スペック・レインフォース!!」


 僕がそう言い切るのと同時に、体の内側――芯から力が溢れ出し、さらに体の表面にそれが定着するような感覚を得る。これが、僕が唯一教えてもらった魔術、身体強化スペック・レインフォースだ。

 ちゃんと魔術が発動したのを確認し、笑顔でメイリンの方を見ると「最初っからちゃんとやりなさいよ」と言うような顔をしていた。


「……最初っからちゃんとやりなさいよ」

「あ、言うんだそれ」

「何よ」

「何でもないです……」


 僕が使った身体強化スペック・レインフォースの魔術だが、汎用的な強化の魔術で、この世界で魔術を使うものであれば誰しもが使えるものらしい。というか、この魔術を使える者でなければ戦いには出れないと言われた。


 単純な強化の魔術のような響きだがその効果は絶大で、全身が強化され体の表面に集中した魔力で盾代わりにもなるらしい。この世界の人々はこの状態で戦いに臨むため、この魔術が使えなければ土俵にも上がれないということだ。

 ちなみに、この魔術の代替となる能力アステルも存在するようで、戦士を志す人であればかなりの数がその能力アステルを使えるらしい。そんなことを説明されても「ズルい」としか思えなかったが、今となっては仕方ない。


「それじゃあ、いよいよ魔獣討伐よ」

「任せてよ、これでも結構鍛えられたんだから!」


 手に持った剣を片手で二度、三度振り、意気揚々とそう答える。

 魔術により強化されたので剣も大して重く感じない。


 そんな僕の姿を、「大丈夫かしら」という目で見ているメイリンがいた。

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