第07話 王様の怒り

わしが国王のルシリウス12世である!」

「陛下、それはさっきやりました」

「そうか!」


 朝と同じ、玉座の間。

 同じように玉座に座る王様の前に、僕とその両側のダリウスさんとメイリンさんが膝をついて控えている。流石のダリウスさんも、王様の前だと言葉を改めるようだ。


「して、タケル殿の能力アステルはどうだった。海を割るとか、山を砕くとか、口から熱線とかが出て城を吹き飛ばすとか、そういうのだろう? ん?」

「陛下……その力では国が救えるとも思えませんが……」

「確かにな! では、どんなものだ。申すがいい!」


 横を見ると、ダリウスさんは脂汗あぶらあせをかいていた。

 そんなダリウスさんがこちらを見るので何かと思ったが、僕の奥にいるメイリンさんに視線を送っていたようだ。メイリンさんの方は、こちらもこちらで顔を青くして押し黙っている。


「なんだ、えらくもったいぶるな。そんなに儂を期待させて、ダリウス――神官も罪な男よの」

「いえ、陛下……そう言うわけでは……」


 額の汗をハンカチのような布切れで拭っていたダリウスさんが、意を決したように口を開く。


「陛下! タケル殿の能力アステルは……!」

能力アステルは?」

「……完全言語理解マルチ・リンガルという名の力です」


 ダリウスさんの言葉を最後に、大広間がしんと静まった。

 さっきまで機嫌が良かった王様の表情も固まっている。


「……詳しく申してみよ」

「はっ。タケル殿の力は、いかなる言語でも理解し、扱うことができます」

「それで?」

「……以上です」

「そんなわけがないだろう、そんなもので国が救えるわけがないだろう」

「いえ……本当のことです……タケル殿はその……語学がとても堪能なのです」


 表情が固まっていた王様は、その動きも止まってしまった。

 と思ったら段々と小刻みに、わなわなと震え始めた。


「ダァァァッッッッリィウスゥゥゥゥウウウ!!」

「へっ、陛下!!」


 玉座から急に立ち上がった王様が、叫び声と共にダリウスさんのところに詰め寄ってくる。

 猛然とした勢いで寄ってくる王様に、膝をついていたダリウスさんが立ち上がり逃げようとするのを、最後には小走りになった王様が飛びついて捕まえた。


「ダアアア! リイイイ! ウウウウ! スウウウ! どうなってるんだ、説明をしろ!! 逃げるなあああ、おい!!」


 名前を呼ぶごとに、ダリウスさんの剥げた頭をぺしりぺしりと王様が叩いている。

 僕と、横にいるメイリンさんはその様子を見ていることしかできない。


「…………うるさい」

「ああ!? なんだって!?」

「……うるさい、うるさーーーい! 大体、ルシリウスお前! 何もしておらんじゃろうが! 面倒なことばかり押し付けよって、儂はちゃんとやることやったわい!」

「な、なんだと……! 儂は王だぞ!!」

「知らんわい、この馬鹿王が!」


 王様の猛攻に堪忍袋の緒が切れたのか、ダリウスさんもヒートアップして王様の顔を掴んでもみくちゃにしている。王様の方も、ダリウスさんのつるりとした頭ともさもさとしたひげを両手に掴み、子供の喧嘩のようになってきた。


「この無礼者がああああ! おい、衛兵! この不届き者をひっ捕らえよ!」

「うるさいわい! 衛兵、何もせんでいいぞ! むしろ、この馬鹿王を牢にぶち込め!」

「こんの、ボケジジイがああああ!!」


 もみ合い続ける二人を止めようと、大広間の入口や玉座の両側に控えていた衛兵たちが集まってくるが、どうしたらいいのか分からないのか、あたふたしている。

 ダリウスさんの王様への物言いもそうだが、フランクな感じの国なんだろうか。


「何の騒ぎだ!!」


 ぎゃあぎゃあと言い合う二人の声が響く大広間の扉が開き、見知らぬ声がする。

 入口の方を見ると、甲冑を身にまとい兜を小脇に抱えた兵士のような格好をした男が立っていた。


「ゼスト兵長!」

「陛下と、ダリウス様が……」

「すいません、俺達じゃ止められません!」

「――どいつもこいつも、何してやがる!」


 ずかずかと大広間に入ってきた大男は、周囲の衛兵から兵長と呼ばれていた。身分が高い人なんだろう。

 迷いなく王様とダリウスさんの所まで来て、二人を引き剥がそうとしている。


「陛下ぁも……! ダリウス様もぉ……! いいぃ加減になさって下さい……!」

馬鹿者バカモン、この乱心したジジイを捕えろ、ゼスト!」

「ゼスト殿、止めないでくれ! 儂が、儂でなければ、この馬鹿王を止められんのだ……!」

「あぁもう、何でこんな力が強いんだこの人達は! 手伝え、メイリン! ダリウス様を押さえるんだ!」

「はっ、ゼスト兵長!」


 ゼストさんが広間に入ってきてから、すぐに騒ぎは収まった。

 呆然としていたメイリンさんに指示を出して、ゼストさん自身が王様を押さえにかかることで、ようやく二人の動きを止められたという感じだ。ゼストさんとメイリンさんにそれぞれ押さえられている二人は、羽交い締めにされながらも汚い言葉やつばを投げ合っている。


「覚えてろよ、ダリウスゥゥゥ! いつもいつも儂に無礼なことを言いよってぇぇぇ! ぺーーっっぺっぺっぺ!」

「そりゃこっちの台詞だ、ルシリウス!! こうなったらクーデターじゃ、クーーーーデタァァーーーじゃああああ!! っっぺぇぇあ! っっぺぇぇぇあぁぁぁ!」


 ゼストさんに引っ張られた王様が大広間の奥に引っ込んでいくのを見送り、僕は息を荒げるダリウスさんを感情なく見ていた。


 仮にも王様にあの物言いのダリウスさん。王様が奥に引っ込んでいってからは、周囲の衛兵達も『またか』とか『よかったよかった』というように、談笑モードに切り替わっていた。


 なんだろうこの国、フランクにも程がある。

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