第23話 パワフルなゼストさん

「てめえが魔獣かあっ! 俺の国にちょっかい出すたあ、いい度胸だなあっ!」


 大剣を肩に担ぎ、上下を鎧で固めた筋骨隆々の男が馬面に向かって叫ぶ。

 窮地に現れたのはゼストさんだった。


「ゼスト様、よかった……」

「おうメイリンか、待たせてすまなかったな! 後は任しとけ!」


 ゆっくりとこちらに向かってくるゼストさんだが、馬面の魔獣はゼストさんの力量が分かるのか、完全に注意をそちらに向けている。とりあえず、これで馬面が僕の方に向かってくることはなさそうだ。


 そう思った瞬間、馬面が叫びを上げながらゼストさんに向かって駆け出す。


「ブルルルアアアアァァァアアアア!!」

「おうおう威勢がいいな、こいやあああっっ!!」


 威嚇するような声を上げ、二本足で駆けながらゼストさんに迫る馬面が腕を振り上げた。

 ゼストさんもそれに応じるように、担いでいた大剣を持ち直し、迎え撃つように構える。ゼストさんの剣は訓練で見た時のような木剣では勿論なく、漫画に出てくるような巨大で肉厚な剣を両手に構えている。


「ぬんっっ!! はは……結構強いじゃねえの」

「ゼストさんっ!!」


 真正面から、振り下ろされる馬面の蹄を剣で受け止めたゼストさんは、少し苦しいのか楽しいのかよく分からない表情を浮かべる。心なしか、攻撃を受け止めた時のゼストさんの膝が沈んだように見えた。


 ようやく頭がハッキリとしてきた僕はそれを見て、つい叫び声を上げてしまう。メイリンの方は、特に何もせずにゼストさんと馬面の戦いを見守っているようだ。


「メイリン、ゼストさんを助けないとっ!」

「……今の私やタケルが行っても邪魔になるだけよ……それに安心して。ゼスト様はあんなもん・・・・・じゃないから」

「えっ、どういうこと!?」


 含みのあるようなメイリンの物言いに、ゼストさんの方に向き直るが、依然馬面の蹄を剣で受け止めたまま、動こうとしない。馬面の方も押しきれないのか、膠着してしまっている。


「面白え……力は同じくらいだな。久しぶりの感覚、楽しませてもらいてえが、こっちは街を守らなきゃなんねえからな。全力でいかせてもらうぜ――」

「……ブルルルルッッ!!」


 馬面の威嚇のいななきが聞こえるが、ゼストさんは笑いながら馬面に向かって何かを喋っている。メイリンの表情も変わらない。


「行くぜ――――俺専用強化パワフル・ゼスト!!」

「――ブルルッ!? ブルゥァアアアア!?」


 ゼストさんが叫びと共に一瞬発光したかと思うと、馬面の腕が押しのけられた。

 馬面の叫びの後、剣を振りかぶって飛び上がったゼストさんが、大上段から剣を振り下ろす。


 馬面の頭頂に振り下ろされたゼストさんの剣は、勢いを失うことなく馬面の体を真っ二つにし、石畳いしだたみにめり込んだ。

 一瞬の間の後、馬面の魔獣が黒い煙になり霧散する。


「す、すごい…………」

「だから大丈夫・・・だって言ったでしょ」


 メイリンや衛兵たちでも刃が立たなかった魔獣をいとも容易く一刀両断にするゼストさんの姿に僕は絶句してしまうが、メイリンは『当たり前でしょ』という顔をしている。雰囲気の圧からとてつもなく強そうだと思っていたゼストさんだったけど、僕の予想を遥かに凌駕していた。


 そんなゼストさんが、剣を肩に担ぎ直し僕らの方に歩いてくる。


「おう、メイリン。無事か。タケル殿も無事――ってわけじゃなさそうだが、生きててなによりだ」

「う、うん。本当に……顎が爆発したかと思ったよ」

「ゼスト様、すいません私がいながら。タケルの訓練で軽装だったもので……」

「まあメイリンは非番扱いだからな。気にするな。それにしても街中で魔獣とはな……」


 ゼストさんが魔獣を倒すのを見ていたのか、街の人たちもぽつぽつと表に出てくる。さっき馬面に殴り飛ばされた衛兵たちも戻ってきた。


「ゼスト様ぁー……」

「面目ないです、俺たちがいながら……」

「申し訳……ありません……」


 足取りがフラフラしている衛兵たちはそれぞれに謝罪を口にする。


「……お前らはダメだな。明日から――いや今日から訓練メニューは倍だ」

「そ、そんな……死んでしまいます……」

「母さん……俺は故郷に戻れないかも知れない……」


 ゼストさんに謝罪を受取拒否され、絶望の表情になる二人の衛兵。もう一人は言葉なく倒れた。


「後片付けしとけよ。俺は戻る。タケル殿、それにメイリンも付いてきてくれ」

「ゼストさん、行くってどこへ……?」

「そりゃあ、陛下とダリウス殿の所だ。街中に魔獣が出たなんて、大事件だからな」


 そう言うとゼストさんは崩れ落ちる衛兵たちに魔獣に破壊された露店や建物の片付けを言い残し、城に向かって歩き出した。衛兵の人たちは気の毒だったけど、僕にはどうすることもできないので仕方ない。


 何事もなかったように悠々と歩いていくゼストさん、その後ろを僕とメイリンが付いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る