第49話 見舞い客

「痛い!痛いじゃないの!」

 

 女官の寝室にて、うつ伏せに横たわった鈴玉は涙目になり、背を弓なりにそらして悲鳴を上げた。


「もっと優しくしてよ、ただでさえ染みるんだから!」

「わかってるわよ、これでも医女いじょの指示通りにやってるの。でも……」

 同輩の背に、薬草を塗り込んだ湿布を危なっかしい手つきで貼っているのは香菱こうりょうである。その傍らで涙をぽろぽろ流しているのは、薛明月。


「……まさか、まさか私の兄のせいじゃないでしょうね、鈴玉がこんな目に遭わされたのは。だとすれば、私、お兄さまを許さない!」

 鈴玉はしかもめ顔になって振り返り、明月を睨みつけようとしたが、背に痛みが走って果たせなかった。

「頼むから、葬式の泣き女みたいに泣くのはやめてちょうだい。何も、あなたが私を拷問したわけじゃないでしょ」

「鈴玉……」


 ぷいと前を向いた鈴玉に、黄愛友が微笑みかけた。王の建寧殿からは彼女と宦官一名が派遣されてきており、愛友は室内で、また宦官は駆け付けた秋烟や朗朗とともに戸外の見張り番をしている。黄女官たちがいるということは、王が鈴玉を庇護していることを示しており、もう誰も手を出すことはできない。


「鄭女官にも見せたかったわ、王妃さまはあなたを助け出された後、その足で建寧殿に向かわれて主上に跪き、禁足令を破った罪を乞われた。主上はただちに王妃さまに駆け寄って助け起こされ、丁重に鴛鴦殿へと送らせたのよ」

「……」

 鈴玉は、王の「王妃は守ってやるつもりだ」との言葉を思い出し、それにすがる思いだった。

「それにしても、不思議なのよね。どうして王妃さまは私の居所を探し当てて、助けることができたのかしら?私は攫われて、行き先もわからなかった筈なのに……」

 彼女の呟きに、それ以外の者たちは視線を互いに交わしたが、そこへ王づきの宦官が外から「黄女官……」と手招きし、何ごとかを黄愛友に囁いた。

「いいわ、通してあげて」

 頷いた愛友は、振り返ってにっこりする。

「ちょうど良かった、お見舞いのお客さまよ」


 ――お客さま?誰かしら。


 眉を顰める鈴玉は、何とか振り返って入ってきた人物を確認しようとし、両眼を見開いた。

「あっ……!」

 見舞客とは、禁衛府で見たあの可憐な、二十歳ほどの女性である。この世ならぬ存在と思っていたのに、まさかこの世の人間だったとは!


 その美女は花がこぼれるかのような笑みを一瞬浮かべたが、右手の指を重ねて手のひらを胸に向ける。次にがはははは、と笑った。

「あんた、鈴玉。この符丁、わかるかい?久しぶりだったねえ。禁衛府で烏賊いかの干物みたいにぺったりのされちゃってさ、ひどい目に遭ったけど、命拾いしたね」

 鈴玉が聞き間違えるはずもない、がらがらとして野太い、男のような声。


――禁衛府のお白!


 翁白雄おうはくゆうは相手の反応を見て一層愉快になったらしく、天井を向いて哄笑している。一方、鈴玉は傷の痛みも忘れ、呆然と相手の顔を凝視するばかりであった。


「はははは……は。驚いたかい?顔を合わせるのは初めてだったもん。そりゃ見た目と声がちょっとばかり違うからさ、わかんないのも無理もないけどね。禁衛府で捕まったあんたが叫んでいる声を聞いて、冷宮でのお隣さんだと気が付いた。しかもでっちあげを作るための拷問だとわかったから、あんたの鴛鴦殿に飛んでいったんだよ。でもこっちは下働きだろう?門前払いされると思ったんだけど、何と王妃さまに会わせてもらって、直接お話ししたんだよ。え?このあたしがだよ、笑っちゃうね。感心しちゃうことに、王妃さまは、ちゃぁんと信頼してくださったよ」

「そうだったの……いつ冷宮を出られたの?」

「あんたが解放された後、じきにね。何のことはない、あたいの賭場が閉まったままじゃ困るお客さん達がいるのさ」


 助けてくれてありがとう、と鈴玉は呟き枕に頤を埋める。明月は白雄を座らせ、茶と薄焼きの干菓子を進めた。白雄はさっそく菓子に手を伸ばし、ばりばりと平らげている。


「ねえ、それにしてもこれからどうなるのでしょう?王妃さまの行く末は?」

 手当が終わり、道具を片付けている香菱が心配顔で黄女官に問うと、相手は軽く溜息をついて逡巡していたが、やがてぐるりと室内を見渡した。


「私の意見が王のお気持ちを代弁していると思われると困るのと、あと……」

 黄女官が自分を見つめていることに気づいた伯雄は、砂糖のついた右手をひらひらと振った。


「ああ心配しなさんな、あたいはこう見えて、ここぞというときには口が堅いんだよ。それに敬嬪さまの件だろ?あの方は怖いよね。何たって、

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