第15話 蓮咲く池
その場にいた一同が振り返ると、鈴玉がやや離れたところから首を傾け、王妃の装いを検分しているようだった。
「お主、何をしている!市場で品定めをする庶民のおかみのように、恐れ多くも王妃さまをじろじろと……」
鈴玉は柳蓉の叱責など耳に入らぬようで、そのままの姿勢を崩さない。
「鈴玉、どうか?」
さすがの林氏も困惑顔になったが、ふっと鈴玉は目線を逸らし、王妃につかつかと近寄ると側の花瓶から
「何を……」
抗議の声を上げかけた明月ではあったが、王妃に眼をやって「あ」と小さく叫んだ。
「どうしたというの?」
林氏の疑問に答えるかたちで、明月は再び鏡を差し出して申し上げた。
「よくお似合いにございます。お
鏡を眺めた王妃は少しく眼を見開き、ふっと微笑んだ。
「花も簪も、化粧も……よく映えていますね。特にこの百日紅を最後に添えたのが良かったのかもしれぬ」
そして立ち上がった王妃を見て、誰もが一瞬目をみはり、そしてにっこりした。
「鈴玉、そなたは意外な才能を持ち合わせているようですね」
声をかけられた鈴玉は無言で一礼したが、王妃が接見のために御殿を出て行くなり、にんまり笑って殿の裏手に回ると、ひとりぴょんぴょん飛び跳ねた。
――後宮に上がって、初めてひとに褒められた!
そのまま後苑に駆け出していき、例の二人組がいる場所を覗いてみると、思った通り、池で採った蓮の花を
「あれ、片割れは?」
「朗朗は太妃さまの御殿へ蓮を届けに……それにしても、どうしたの?そんなに息を切らして」
鈴玉はごくりと唾を飲んで息の調子を整えた。
「あのね、お礼を言いたくて。あなた方が書いていたことにきっかけを貰って、初めて王妃さまから褒められたの。わかる?描写していた、衣装とか色のことよ」
秋烟は眼をぱちくりさせたが、すぐに相好を崩した。
「なるほど、よく飲み込めないけど……僕達が君を助ける形になれたのなら、それは何より。君でも褒められるなんてことが、あるんだねえ。しかも、それを嬉しいと思うだなんて」
「あら、ご挨拶ね。私がいつもそっぽを向いて、ひとが西を向けといえば東を向くような人間だとでも?」
「ふふふ、気を悪くした?」
一仕事を終えた秋烟は帯に挟んでいた衣の裾を降ろし、鈴玉を誘って庭石の上に腰を下ろした。そこは木陰となっており、夏の風が心地よい。
「どう、執筆は順調なの?」
「うん、あと一冊分でいまの話は終わりだよ」
「どんな結末になるのかしら?」
秋烟はにやりとする。
「まあ、大団円だね」
「そうなの?どんな?」
「詳しくは読んでからのお楽しみだよ。今のところは、僕と朗朗だけの秘密」
「そりゃ、そうね」
二人は顔を見合わせてほほ笑んだ。
「で、それを書き終わったら次の作品は?どういうのにするの?」
「ああ、それが……」
秋烟の端正な顔に、すっと影が落ちたのは鈴玉の気のせいだろうか。
「朗朗がね、君がこの前に言った宦官同士の恋物語を書きたいんだって。女官たちがきっと喜んで読んでくれるだろうって。悲恋で終わるような……でも」
「でも?」
「僕は反対したんだ……何というか、嫌なんだよ」
そう言って秋烟は座ったまま両脚を上げて膝を抱え、
――愛麗は妻とはなれぬこの身を恨んだことなどないとはいえ、やはりどう考えてもかなわぬ恋に身を焦がす自分を哀れにも感じ、またおかしくも思うのでした。
そして「実演」のとき、朗朗相手に秋烟が見せた色っぽさ。
「ねえ、あなた、もしかして……」
池から鴨が一羽飛び立ち、残る一羽も後を追った。
「朗朗のこと……好きなの?」
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